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第61話 誓いの刻印

招待状を送ってから、あっという間に時間が過ぎた。 俺たちは拓実のマンションで、最終確認のチェックリストを見ている。 「式場は確認済み」 「タキシードも受け取り済み」 「料理、確定済み」 「招待状の返信、ほぼ全部来た」 拓実が項目を読み上げていく。 「あとは……指輪の刻印だな」 拓実が俺を見る。 「刻印?」 「うん。結婚指輪の内側に、日付とか名前とか入れられるんだ」 拓実がスマホで例を見せてくる。 「何入れる?」 「……日付でいいんじゃね?」 「それだけ?」 拓実が不満そうに言う。 「じゃあ、お互いの名前も?」 「いいな。『Takumi & Haru』とか」 拓実が楽しそうに言う。 「ちょっと恥ずかしいけど……いいか」 俺が苦笑すると、拓実が嬉しそうに笑った。 「決まりな。メモしとく。それで、当日のスケジュールなんだけど」 拓実が別の紙を取り出す。 「午前中にヘアメイク。昼前に式場入り。午後一時から式、三時からレセプション。五時くらいに終わる予定」 「……結構長いな」 「まあな。でも、大丈夫だろ?」 拓実が心配そうに聞いてくる。 「あぁ、大丈夫」 俺が頷くと、拓実が安心したように笑った。 「緊張してる?」 「……してる」 正直に答えると、拓実が俺の手を握った。 「俺も」 「え、拓実も?」 「当たり前だろ。結婚式なんて初めてだし」 拓実が照れたように笑う。 「でも、お前と一緒なら大丈夫な気がする」 「……俺も」 「楽しみだ」 「……うん」 俺も拓実に身を預けた。 * 十月になり、式まで残り一週間を切った。 俺たちは最終確認のため、再びニューヨークへ飛んだ。 「明日、リハーサルだからな」 拓実が言う。 「リハーサル?」 「うん、式の流れを確認するやつ」 拓実が説明してくれる。 「入場から退場まで、一通りやるんだ」 「……緊張する」 「大丈夫だって」 拓実が俺の肩を軽く叩く。 翌日、リハーサルが始まった。 ウェディングプランナーが式の流れを丁寧に説明してくれる。 「First, you’ll enter from here」 (まずはこちらから入場していただきます) 指示された位置に立つ。 「Then, you’ll walk down the aisle together」 (それから、お二人でバージンロードを歩きます) 拓実と一緒に、バージンロードを歩く練習をする。 「ゆっくりでいいぞ」 拓実が小声で囁く。 「うん……」 祭壇の前に来ると、牧師役のスタッフが待っていた。 「Then, you’ll stand here and exchange vows」 (こちらで誓いの言葉を交わします) 誓いの言葉を交わす場所。 「After that, you’ll exchange rings」 (その後、指輪の交換をします) 「Finally, you may kiss」 (最後に、キスをしていただきます) 「……ここで?」 俺が戸惑うと、拓実が笑った。 「リハーサルだから、今はやらなくていいよ」 「そ、そうだよな」 俺がホッとすると、プランナーが笑った。 「Don’t worry. On the day, it’ll be natural」 (ご安心ください。当日は自然にできますよ) リハーサルを終え、式場を出る。 「遥、どうだった?」 「……思ったより、緊張しなかった」 「良かった」 拓実が嬉しそうに笑った。 「当日も、きっと大丈夫だよ」 「……うん」 俺も少し安心した。 ――式の前日。 俺たちはホテルの部屋で、明日の準備をしていた。 「タキシード、確認した」 「靴も」 「指輪も」 拓実がチェックリストを見ながら確認する。 「よし、全部揃ってる」 拓実が満足そうに頷く。 「……明日か」 俺が呟くと、拓実が俺を見た。 「緊張してる?」 「……めちゃくちゃ」 正直に答えると、拓実が笑った。 「俺も」 拓実が俺の隣に座る。 「でも、楽しみでもある」 「……うん」 「明日から、俺たち正式に夫婦だな」 拓実が照れたように言う。 「夫婦、か」 その言葉を口にすると、実感が湧いてきた。 「ありがとな、遥」 「何が?」 「俺を選んでくれて」 拓実がまっすぐ俺を見つめる。 「……こちらこそ」 俺も拓実を見つめ返した。 「明日、ちゃんと誓おうな」 「ああ」 二人で笑った。 「じゃあ、もう寝ようぜ。明日早いし」 「うん」 ベッドに入って、電気を消す。 暗闇の中、拓実の手が俺の手を探した。 「おやすみ、遥」 「おやすみ、拓実」 手を繋いだまま、俺たちは眠りについた。 明日。俺たちは、新しい人生を始める。 その期待と緊張で、なかなか眠れなかったけれど。 拓実の手が、少しだけ安心させてくれた。

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