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第62話 運命のドアが開く朝
式当日の朝。
俺は緊張で早く目が覚めた。
時計を見ると、まだ朝の六時――
うわ、まだこんな時間か……。
隣を見ると、拓実はまだ寝ていた。穏やかな寝顔が、少しだけ幼く見える。
今日、この人と結婚するんだ――そう思った瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。
嬉しいのか、怖いのか、感情がごちゃ混ぜでよく分からない。
ただ、心臓がバクバクしている。
「……今日か」
小さく呟いた瞬間、拓実がふわっと目を開けた。
「……ん? 起きてたの?」
「うん。眠れなくてさ……」
「あー、俺も実は」
拓実はふにゃっと笑いながら体を起こす。
「全然寝た気しない」
「だよな……」
二人で顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
「緊張してる?」
「めちゃくちゃ」
正直に答えると、拓実がほっとしたように笑う。
「よかった。俺もだよ。さっきから心臓バクバクしてる」
「俺も」
「お前もか」
拓実がベッドから降り、大きく伸びをする。
「シャワー浴びよう。少しは落ち着くかもしれない」
「……そうだな」
シャワーを浴びると、少し気持ちが落ち着いた。
でも、心臓のドキドキは止まらない。
着替えながら時計を見ると、もう七時半。
――あと一時間半で、ヘアメイクが来る。
「朝ごはん、食べられそう?」
拓実が心配そうに聞く。
「……ちょっとだけなら」
「無理に食べなくてもいいけど、何か入れとかないと倒れるぞ」
「そうだな……」
二人でルームサービスのメニューを眺めるが、文字が頭に入ってこない。
「フルーツとヨーグルトでいい?」
「うん、それで」
軽く口に運ぶけれど、味はあまり分からなかった。
ソファーに座っても落ち着かず、何度も時計を見てしまう。
「なあ、遥」
「ん?」
「今日、本当に結婚式なんだな」
拓実の声が少し震えている。
「……まだ実感ねぇな」
「俺も。なんか夢みたいだ」
「遥、逃げるなよ」
「逃げないって」
二人で手を繋ぎ、窓の外を眺める。
ニューヨークの朝が、ゆっくりと目覚めていく。
――今日、俺たちも新しい人生を始めるんだ。
九時ちょうど、ノックの音がした。
ビクッとして二人で顔を見合わせる。
「来た……」
「来たな……」
ドアを開けると、明るい笑顔のスタッフが立っていた。
「Good morning! Ready for your big day?」
(おはようございます!特別な日の準備、できてますか?)
その勢いに、思わず一歩下がった。
「Ah, you both look so nervous! Don’t worry, we’ll take good care of you!」
(あら、お二人とも緊張してますね!大丈夫、しっかりお世話しますから!)
「Let’s make you both look absolutely amazing!」
(お二人を最高に素敵にしますよ!)
スタッフがずんずん入ってくると、少しだけ緊張がほぐれた。
俺は椅子に座らされ、髪を触られる。
「Oh my, you have such nice hair! So smooth!」
(まあ、本当に素敵な髪!すごく滑らか!)
「あ、ありがとうございます……」
鏡を見ると、少しずつ変わっていく自分がいた。
髪がきちんとセットされ、いつもとはまったく違う。
「……すごい」
思わず呟くと、隣で髪をセットされていた拓実が笑った。
「お前、似合ってるよ」
「拓実もな」
拓実の髪も整えられ、いつもよりずっと大人っぽい。かっこいい。
実感がじわじわと湧いてくる。
「また緊張してきた……」
俺が小さく呟くと、拓実が苦笑した。
「もう遅いぞ」
「分かってるけど……」
二人で顔を見合わせ、また笑う。
ヘアメイクが終わり、いよいよタキシードに着替える。
鏡の前に立った瞬間――。
「……うわ」
言葉が出なかった。
そこには、すっかり変わった自分がいた。
黒のタキシード。きちんと整えられた髪。
まるで映画の中の人みたいだ。
「……本当に、俺?」
信じられなくて、もう一度鏡を見る。
「お前だよ」
拓実が後ろから声をかける。
振り返ると、拓実もタキシード姿で立っていた。
ダークネイビーが完璧に似合っている。
「……かっこいい」
思わず呟くと、拓実が照れたように笑った。
「お前もな」
「俺、こんな格好似合わないと思ってたけど……」
「似合ってるよ。すごく」
拓実がまっすぐ俺を見つめる。その目が優しくて、胸がぎゅっとなった。
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