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第63話 光と誓いのチャペル

チャペルの控室は、静かで落ち着いた空間だった。 窓からはセントラルパークが見える。 だが、そんな景色を楽しむ余裕はない。心臓がバクバクして、息まで苦しい。 「大丈夫? 顔、真っ白だぞ」 拓実が心配そうに覗き込む。 「……ちょっと緊張しすぎて、やばい」 「深呼吸。ゆっくり」 拓実が優しく背中をさすってくれる。 ゆっくり息を吸って、吐く。それでも、心臓の音は止まらない。 「……ありがと」 「俺もだよ。ほら、手めっちゃ震えてる」 拓実が自分の手を見せる。確かに、かなり震えている。 「マジで?」 「マジ。さっきから止まらない」 苦笑する拓実。 「お互い様だな」 「だな」 二人で笑った。少しだけ気持ちが楽になった気がする。 「指輪、ある?」 「うん、ちゃんと」 ポケットの小さな箱に触れる。 その中に、二人の約束が詰まっていると思うと、胸がまたぎゅっとなる。 「誓いの言葉、覚えてる?」 「……多分。でも、頭真っ白かも」 「大丈夫。紙見てもいいんだから」 拓実が優しく笑う。ポケットから小さな紙を取り出す。 「……お前も不安なんだ」 「当たり前だろ。めちゃくちゃ緊張してる」 「俺もだよ。足、ガクガクしてる。さっきから全然力入らない」 笑い合うと、少しだけ緊張がほぐれる。 「これ、ちゃんと持ってきた」 拓実がジャケットの内ポケットから取り出したのは、Marriage License。 シティホールで取得した婚姻許可証だ。 「……これで、正式に結婚できるんだな」 「うん。挙式後、司式者と証人にサインしてもらえば……俺たち、正式に夫婦になる」 夫婦――その言葉に胸がぎゅっとなる。 拓実は書類を大切に仕舞い込む。 そのとき、コンコンコン、とノックの音。 「うわっ!」 思わず声をあげ、跳び上がる。拓実も同じ。顔を見合わせ、笑ってしまった。 ドアが開き、プランナーが微笑む。 「Ready? It’s time」 (準備はいいですか?時間ですよ) ――ついに来た。 胸が、爆発しそうだ。 「……行こうか」 拓実の手を握ると、わずかに震えている。 ――拓実も緊張してる。そう思うと、少し勇気が出た。 廊下を一歩、また一歩。心臓の音が耳に響く。 でも、手の温かさが前に進む力をくれる。 チャペルの扉が目の前に迫る。 「……やばい、本当にやばい」 「何が?」 「緊張しすぎて、死にそう」 「俺もだよ」 扉の向こうでは、パイプオルガンの厳かな音が響く。 「来た……!」 「来たな……!」 プランナーが微笑み、扉を開く。 「Let’s go. Everyone’s waiting for you」 (さあ、行きましょう。みんな待ってますよ) 光が差し込み、音楽が一気に大きくなる。 そこには、たくさんの笑顔――家族、親戚、友人、同僚たち。 胸がいっぱいになる。 「……行こう」 「うん」 手を繋ぎ、一歩ずつバージンロードを進む。 拓実の手がぎゅっと強く握り返される。 ――大丈夫。二人だから。 祭壇の前には、穏やかに微笑む司式者。 「Welcome, Takumi and Haru. Welcome to The Pierre」 (ようこそ、拓実さん、遥さん。The Pierreへようこそ) ――俺たちの、結婚式が始まる。 司式者が、厳かに言葉を紡ぎ始めた。 「We are gathered here today to witness the union of these two people in the state of New York」 (本日ここに、ニューヨーク州のもとで、この二人の結びつきを見届けます) 拓実が、俺の耳元でそっと囁く。 「大丈夫?」 「……何とか」 本当は全然大丈夫じゃない。心臓がバクバクしすぎて倒れそう。 でも拓実の手が温かくて、それだけで何とか立っていられる。 司式者が、拓実に視線を向けた。 「Takumi, do you take Haru to be your lawfully wedded husband?」 (拓実さん、あなたは遥さんを法的な配偶者として迎えますか?) 拓実が、真っ直ぐ司式者を見て――。 「I do」 (はい、誓います) はっきりとした声。迷いのない、力強い声。 ――英語の発音めっちゃいいな、こいつ。 そんなことを思いながら、胸がぎゅっとなった。 拓実は本気なんだ。俺と本当に結婚したいんだ。 そう思ったら、涙が出そうになった。 次は――。 ……俺の番だ。

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