2 / 7
第2話
(目的達成してないし)
翌日もゲームセンターに来た薫は、フロアを一巡して鷹也の姿を探したが、見つからなかった。
落胆しつつ、だらりくまをゲットするため機械に小銭を投入する。
「あっ……あ、ああ」
取れるかもと思ったところで、ツメは目標を手放して定位置へ戻ってきた。
(でも、あとすこしで取れそうな気がする)
よしっと気合を入れて、財布から小銭を取り出していると声をかけられた。
「よぉ」
「あ」
制服姿の鷹也が近づいてくる。ドキドキしながら、薫は「こんにちは」と返した。
「なに? 昨日、来てたのってゲームじゃなくて、こっち目当てだったのか」
「あ、はい」
普通に接されているだけなのに、鷹也がとてもかっこよく見える。
(俺よりちいさくてかわいいのに、すごく度胸があるんだもんなぁ)
その心根が彼をかっこよく見せているのだと、薫は判断した。
「どれ? 欲しいの」
「あれです。あの、だらりくま」
「ああ、あれかぁ。なんか人気らしいよな。どこがいいのか、さっぱりわかんねぇけど」
「そう、ですか?」
「ダルそうにしているだけの、やる気のねぇクマじゃん?」
「そんなことないです! だらりくまは、そうやってのんびりしたらいいよってメッセージをくれてるんですよ」
否定に強く反論すると、鷹也がパチクリと目をまたたかせた。
(しまった)
「いえ、あの」
こんな外見でマスコットの擁護を必死にするなんて、またきっと変だとか気持ち悪いとか言われてしまう。
そう身構えた薫に、鷹也は頬を掻きながらバツの悪そうな顔で謝罪した。
「悪い」
「え」
「よく知らねぇのに、好きなもん否定されりゃあ、怒るよな。悪かった」
「いえ、そんな。俺こそなんか、すみません」
そう来られるとは予想もしていなかった薫は慌てた。
「いや、マジごめんて。そんなにコレが好きなんだなぁ」
しみじみ言われた薫は反射的に、いつものクセで「姉が好きなんです」と言ってしまった。
「姉ちゃんが? そのためにゲットしに来たのか」
「ええ、まぁ」
ふうんと探る目を向けられて、みぞおちのあたりがヒヤリとする。
(どうして、ごまかしてしまったんだろう)
鷹也なら、いままでされてきた妙だという反応ではなく、薫の主張をそのまま受け入れてくれそうなのに。
「ちょっと待ってろ」
クルリと背を向けた鷹也が、せかせかとカウンターの裏に行き、スタッフルームとは別の入り口に入っていく。
(なんだろう)
しばらく待っていると、鷹也はポケットに手を入れて戻ってきた。
「ほら。やるよ」
差し出されたのは欲しかったプライズで、薫はキョトンとした。
「え、あの」
「好きなモンをバカにしちまった詫び」
「でもこれ、お店のですよね」
「このぐれぇの特権はあるからさ。もらってくれ」
グイッと手のひらに押しつけられて、思わず握ってしまった薫に「悪かったな」と鷹也は謝罪を追加した。
「俺のほうこそ、なんか、すみません」
「いいって。つか、ほかの客にバレねぇように、とっととカバンに入れろよ」
小声で急かされ、薫はあわててボディバッグに突っ込んだ。
「そんじゃな」
「あ……」
軽く手を振りカウンターの奥へ戻っていく鷹也を、なんと言って呼び止めればいいのかわからない。呼び止められたとして、どんな会話をすればいいのか。
(用事なんて、とくにないのに)
それなのに、もっと彼と共にいたいと願っている。この感覚はなんだろう。
(形は違うけれど……というか、真逆の立場のコンプレックスを持っている人だから、かな)
自分とおなじ憤りを、真逆の扱いとはいえ、経験している人の話を聞きたいからかもしれない。
(でも、そんな人はほかにもいた)
鷹也ほどではないにせよ、共有できそうなクラスメイトと過去に出会わなかったわけじゃない。それなのに、どうして――。
(雰囲気、とか?)
彼のまとっている空気が、なんとなく心地いい。そう感じている自分に気づいて、薫はなぜか赤くなった。
ボディバッグを握りしめ、大急ぎで家に帰ると部屋に入った。
だらりくまキーチェーンを取り出して、手のひらに乗せたり机の上でつついたりしながら、鷹也のことを考える。
(ほかのスタッフたちと、楽しく仕事しているのかな)
女性スタッフや店長と、親しく言葉を交わしていた鷹也の姿を思い出し、ちょっとうらやましくなった。
(俺も、もっと久間さんと親しくなりたい)
薫はスマートフォンを取り出して、だらりくまキーチェーンを撮影し、ブログにUPした。
【前から欲しかった、だらりくまキーチェーンをゲットしました! といっても、自分で取ったわけじゃなくって、プレゼントされたんです。すごくステキな、かっこいい人で、あこがれです。また会いたいなぁ】
投稿ボタンを押してしばらくすると、読者からのコメントが届いた。
【おめでとうございます! かっこいい人からのプレゼントなんて、うらやましいです。その人がフリーなら、アタックしてみるとか、どうですか?】
このブログの読者は、パーソナルデータの性別蘭を不明にしているのに、KAOが女性だと決めてかかっている。だからそんなことを言ってくるのだとわかっていても、なんだか自分の性別を否定されている気がして、薫はそっと落ち込んだ。
(わかってる)
自分が好きな物、いいと思ったものを発信してみればと、姉に勧められてはじめたブログだった。ついでに個人作家がネットを通じて作品を販売しているから、それもしてみればいい。趣味で作っても、見せる相手がいないのではもったいないし、ネット上なら似合わない外見だと言われる心配もない。中身をさらしていられるだろう。
その言葉に魅力を感じて、気楽にはじめたのが三年前。いまではすっかり自分の気持ちを素直に吐き出せる場所として、安心できる空間のひとつになっているブログだけれど、こういう性別を固定しているようなコメントを見るとモヤモヤしてしまう。
(いや。俺がそう思い込んでいるだけで、性別のことなんてコメント主は気にしていないかも)
男だとか女だとか、そういうことを気にしない人だっている。頭ではわかっていても、ついつい身の回りに多くあふれている認識で物事を判断してしまう。男のくせにと、しょっちゅう言われていたことも関係していた。堂々としていればいい。そう自分をなだめているのだが、ついつい否定的、あるいは悲観的にとらえて、勝手に落ち込んでしまう。
(ダメだなぁ)
鷹也ならきっと、そんなことなど気にせずに、己を貫いていくのだろう。
(かっこいいよなぁ、久間さんって)
くま、な上に、たか、だなんて……。
そう思った薫の脳裏に、ピンと閃くデザインがあった。
それが逃げてしまう前に、急いで紙とペンを引き寄せイラストを描く。姉ほど絵はうまくないが、どういうものを作るかという指針固めにはなる。
イラストを描き終えて、ちょっと考えてから別の紙に修正案を描く。それを繰り返して納得がいくものになってから、薫は羊毛フェルトを取り出した。
それからチクチクと作業を開始する。あまり大きくならないように、さりげなく持ってもらえるように、ストラップとして使える親指サイズに仕上げていく。
「できた」
完成したのは、鷹が二葉葵をくわえているマスコットだった。ハート型のさくらんぼをくわえているようにも見える。
(鷹也さんの鷹と、なんだっけ? どっかの神社のお守りになってるヤツだから、縁起がいいはず)
そんな思いで完成させた作品を、薫はためつすがめつした。
「よし」
どこにも不足はないと確認し終え、スマートフォンで撮影し、またもやブログにアップする。
【だらりくまをくれた人に、お礼の品を作りました! 鷹と二葉葵で、縁起がいい感じになったかな? よろこんでくれるといいんだけど……。渡しに行くのがドキドキです。】
記事を投稿し、マスコットを透明な袋に入れる。出来栄えを再確認して、ボディバッグに入れた。
(だらりくまのお礼だって言って、姉からですって渡せばいいよな)
会うための口実ができた。
ふふっと笑みをこぼした薫は、うーんと伸びをして立ち上がった。
ともだちにシェアしよう!