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第3話
ゲームセンターにやってきた薫は、キョロキョロと鷹也を探した。
(いないな)
「あの、すみません」
カウンターにいた店員に声をかけると、あれっと首をかしげられた。
「この間の、久間さんを助けた人ですよね。ちょっと待っててください」
「あ、はい」
自分の作品を好きだと言ってくれた人だと、従業員室に声をかける彼女の背中を見ながら思い出す。
「久間さん。恩人さんが来てますよ」
「恩人さん? 誰だそりゃ」
「あの、おっきい人ですよ。くまさんみたいな」
「俺みたいな?」
「そうじゃなくって、動物のくまさんみたいな!」
やりとりに吹き出した薫は、口元をこぶしで押さえてクックと肩を震わせた。
「なんだよ、動物のくま……ああ」
出てきた鷹也は薫を見て、なるほどという顔になった。
「くまねぇ」
ニヤニヤしながら私服で出てきた鷹也に、ざっと全身をながめられる。
「本物のくまじゃなく、童話とかなんかに出てくる、ぬぼっとした感じの間抜けな方か」
カァアと満面を朱色に染めた薫を、鷹也を呼んだ店員が「ひどい」とかばう。
「助けてもらったのに、そういう言い方ひどいですよ」
「いいんだよ。コイツは怖くねぇどころか、ちょっとトロくて気の優しい、ほら、あの森のくまさんみたいなタイプだからよ」
なあっと腕を叩かれて、薫はますます赤くなった。
(なんで俺、赤くなってんだろう)
「うーん、たしかに。物語の優しいくまさんって感じですよね。でも、それならもっと、いい表現があるじゃないですか。テディベアとか、そんな感じ?」
「いいんだよ、言葉はどうでも。そこに入ってる気持ちってのが伝われば。なあ? 薫」
(わ。呼び捨て)
しかも言葉に入っている気持ちと聞いて、薫は満面から火を噴いた。
「やだ、かわいい」
「だろう? このくまは、動物のじゃなく童話のくまなんだよ」
(どんな気持ちで、そんなことを言ってくれているんだろう)
嫌われていないどころか、親しみを感じてくれているとはわかる。けれど、鷹也の気持ちが明確にわかるわけじゃない。
(久間さんは、どう思ってくれているのかな)
間抜けという音の中にあった親しみがうれしくて、赤くなってしまったのだと薫は気づいた。
(でも、なんで俺は……)
「俺ちょうど上がりだからさ、そこのフードコートで飯でも食おうぜ」
「あ、はい」
先に立って歩く鷹也の背中は、現実的には自分よりもずっとちいさいのに、ものすごく広く大きく見える。
(きっと久間さんが、すごくかっこいいから)
あこがれの気持ちがあるから、そう見えているのだ。
(俺もあんなふうになれたらいいのにな)
外見に見合う内面になろうと、幾度思ったかしれない。そのたびに挫折を繰り返した。
それならばと、自分は自分でいいと言い聞かせてみるも、やはりおなじ理由で悩んでしまう。
(久間さんはどうやって、自分を受け入れて納得したんだろう)
それを聞けるいい機会だと、薫は背筋を伸ばした。
ゲームセンターの向かいにあるフードコートは、ソファ席もある居心地のいい空間で、幼い子どもを連れた主婦の姿や学生の姿が多くみられる。鷹也はラーメン定食を、薫はオムライスを購入して席に着いた。
「久間さんって、けっこう食べるんですね」
「そうか? こんくらい普通だろ」
そう言ってラーメンをすする鷹也の姿に、男らしいなと目を細める。
「あの、久間さん」
「うん?」
「久間さんって、どうやって……その、外見と中身のギャップを克服したんですか?」
ずるっと音を立てて麺を口の中に引き入れた鷹也が、モグモグと口を動かすのをながめつつ返事を待つ。頬がパンパンにふくらんで、なんだかハムスターみたいだ。
「克服なんて、してねぇよ」
咀嚼し終えた鷹也の言葉に、薫は目をまるくした。
「え」
「おまえと会ったときみてぇに、しょっちゅうナメられるし。居酒屋で酒を頼んだら、身分証明書を出せって言われたこともあるんだぜ」
むくれた鷹也に、思わず軽く笑ってしまった薫は、笑うんじゃねぇよと肩を叩かれた。
「ちっせぇことから、迷惑なことまで、いろいろあるからな。いちいちムカついたりもすんぜ? 俺がもっと、誰かさんみてぇだったらって考えもするし」
ニヤリとされて、誰かさんが自分を指すのだと気づいた薫は身を縮めた。
「俺も久間さんみたいだったらって、思います」
「だろう? でも、そりゃあ仕方ねぇことなんだよ。ないものねだりってのは、誰だってするもんだろ。芸能人を見て、あんな顔だったらなぁとかさ」
「でも、それとはちょっと違うっていうか」
「実害を被っていないだけで、似たようなもんなんだよ。まあ、その実害が問題なんだけどな」
その通りだ。
薫はじっと鷹也を見つめた。
「だから、その、克服というか、なんというか、受け入れ方? ですかね。教えてもらいたいんです」
「友達とか恋人とか、そういうのに教わったことはねぇのか」
「気にするなとか、そのままでいいとか、言われたりはするんですけど……。でも、納得しきれないっていうか、なんというか」
そんな薫を見かねた姉が、ブログ開設を勧めてくれたのだ。周囲を気にせず、自分をそのまま表現できる場所として。
けれどそれは一時的な気持ちの逃げ場になっているだけで、現実的な部分の解決にはなっていない。
「うーん。なんつうか、その、あれだ」
餃子をつまみながら、空中に視線をさまよわせて言葉を探す鷹也に、薫は期待の目を向けた。
「おまえの話によく出てくる姉ちゃんな? あれは、そのままでいいとか言ってくれるだろ」
「はい」
「それはでも、身内びいきだからとか、そういうので納得できねぇんじゃねぇか」
そのとおりなので、薫はうなずく。
「友達とかのも、気を使って言ってくれてんだとか、そんなふうに考えてんじゃね?」
「みんな、いい人だから」
「そこなんだよ」
箸先を向けられても、なにが“そこ”なのか、薫にはさっぱりわからない。
「文句なく納得できる相手に、そういうおまえだから好きなんだって言われなきゃ、身に沁みねぇんだよな」
「あの、それは……久間さんは、そういう相手にそう言われたから、だから、その」
ズキリと胸が痛んで、薫は不思議になった。
(どうして俺、おびえながら質問しているんだろう)
そうだと言われたくない。けれど鷹也の言葉はそういう相手がいると示している。それなのに答えを求める自分の心理がわからなくて、薫は混乱した。
ちょっと首をかしげた鷹也にデコピンされる。
「いたっ」
「どっちだろうなぁ?」
ニヤニヤされて、薫は額をさすりながらムスッとした。答えられなかった安堵と、ごまかされた苛立ちが心の中でせめぎ合う。
「ほら。さっさと食わねぇと、さめちまうぞ」
「はい」
「そう、むくれるなって。ガキかよ……って、成人したてのガキだったな? 後でお兄さんがアイスおごってやっから」
年より上に見られるばかりの薫にとって、こんなふうに年下として、あしらいつつ甘やかされるのははじめてで、みぞおちのあたりがくすぐったくなった。思わず唇をほころばせた薫に、鷹也の柔和な笑みが向けられる。庇護的なとろける笑みに、薫の心臓がドキリと跳ねた。
(わ……。なんだ、これ)
ドキドキと激しく脈打つ鼓動にとまどい、そこから意識をそらそうと、薫はオムライスにがっついた。先に食べ終わっていた鷹也は、薫が食べ終わるのをながめながら待っている。
視線に体中を包まれている気がして、薫はなんだか照れくさくなった。
(どうしたんだろう、俺)
わけがわからないけれど、不快どころかうれしくて、もっと鷹也に見ていてもらいたいと思う。
(子どもが親に見てもらいたがっているみたいだ)
きっと鷹也が頼りがいのある、しっかりとした大人だから。だからそんな感情になっているんだと薫は解釈した。
「よし。そんなら約束どおり、アイス買ってやる。クッキーとかついてるアレでもいいぞ。遠慮すんなよ」
食器を片づけ、アイスクリームショップの前に立った鷹也が、腰に手を当てて言うのを店員がこっそりと、クスクス笑いながら見ているのに気がついた薫は、腹の底がモヤモヤした。
「どうした、薫」
「いえ、その」
「迷ってんのか? そんなら、ふたつでもいいぞ」
「いえ、そういうんじゃなくて」
もしも鷹也が気づいていないなら、わざわざ知らせる必要もない。薫は気を取り直して、それじゃあとワッフルコーンサンデーのイチゴを選んだ。
「それでいいのか?」
「はい」
ふうんとメニューに目を落とした鷹也が、それとコーヒーを注文する。砂糖とミルクを断った鷹也はコーヒーを手にすると、「先にテーブルに戻ってるから」と受け渡しカウンターを離れた。
「大変ですね」
「え?」
「こういうもの注文するの、気恥ずかしくなりますもんね」
店員が目配せで鷹也を示す。
「彼は甘いものが苦手なんです。それに俺は、別に恥ずかしくありませんから」
えっ、と驚く店員に仏頂面を向けて商品を受け取った薫は、鷹也のところへ戻った。
「おう。なんか、機嫌の悪い顔してんなぁ」
「別に、なんでもないです」
「似合わねぇとでも言われたか」
「ええ、まぁ」
「ふうん?」
薫はなんだか申し訳なくなった。
「すみません」
「は?」
鷹也の耳に入らないまでも、あんな印象を他人に持たせてしまったことに、薫はうなだれる。
「なんだよ。そんなシケた顔してっと、せっかくのアイスがマズくなんだろ? なにを言われた」
「いえ、別に……」
「別にって顔じゃねぇだろ」
「ほんとに、なんでもないんです。いつものことですから」
「いつもぉ? 毎回おまえは、そうやってバカ正直に落ち込んでんのか。ったく」
あきれられたとヒヤリとすれば、鷹也があたたか味のある声音でもらした。
「かわいいなぁ、おまえは」
「は? ええ?!」
「ん?」
妙なことでも言ったか? という顔をされ、薫は首を振ってアイスにスプーンを突き立てた。
「おいしいです」
「そりゃよかった。あ、タバコ吸っていいか?」」
どうぞと言えば、サンキュと鷹也は灰皿を取りに行った。
(俺たちの外見が逆だったら、ピッタリの注文だと思われたんだろうな)
そう思うと、甘いアイスが苦くなった。他人の目など気にせずに、堂々としている鷹也がうらやましく、ますますかっこよく感じられて、薫はさらに羨望と好意を深める。
「なんだ。機嫌、なおってんじゃねぇか」
「え?」
「いいこった」
ドカリと腰を下ろした鷹也が、タバコに火を点ける。慣れた手つきをながめつつ、やっぱりかっこいいなと薫はアイスをたいらげた。
「ごちそうさまでした」
「おう」
ニカッと歯を見せた鷹也が、灰皿にタバコを押しつける。
「そんじゃ、行くか」
「あ!」
「どうした」
すっかり忘れていたと、薫は手作りの鷹のマスコットを取り出した。
「これ、その……だらりくまのお返しというか、お礼というか」
「ふん?」
受け取った鷹也がジロジロとマスコットをながめるのを、薫はドキドキしながら見守った。
(どうか、いらないって返されませんように)
「これ、おまえから?」
「はい。いえ、あの……姉からです」
「ふうん」
袋を開けた鷹也がスマホケースにつけるのを見て、薫はホッとした。
「あんま趣味じゃねぇけど、俺の名前とかけてるっぽいし、ありがたくもらっとく」
「よかった」
「なんだよ、その反応」
「受け取ってもらえなかったらどうしようって思ってたから。久間さんは、その、かわいいもの好きじゃないかもなって」
「なんだそれ。まるで、おまえが選んだみたいな言い方だな」
「あっ、それは、その……姉が作っているのを見ていたので」
「姉想いな弟だな。てことは、これは手作りか。ますます大事にしねぇとな」
鷹也の笑顔に、薫の胸がよろこびと愁いに軋む。
(俺が作ったって言っても、久間さんはそんなふうに、笑って大事にするって言ってくれるのかな)
自分がついたウソなのに、薫は姉に嫉妬した。
「それに、かわいいもんは嫌いじゃねぇぞ。どっちかっつうと好きかもな」
「え?」
「でなきゃ、おまえを誘ってねぇって」
(どういう意味だろう)
からかわれているのかなと、ぼんやりしているとスマートフォンを見せられた。
「出したついでだ。連絡先、教えろ」
「あ、はい」
慌ててスマートフォンを取り出して、鷹也の連絡先を登録し、薫の連絡先も伝える。
「うし。これで、なんかあったらお互い呼び出せるな」
(なにかあったらって、なにがあるんだろう)
想像もつかないが、鷹也と連絡先を交換できたのは単純にうれしいので、うなずいておく。
「そんじゃ、帰るか」
あっさりと立ち上がった鷹也と共に、ショッピングモールの入り口まで行くと、俺こっちと言われて駐車場に向かう彼と別れた。
しばらく鷹也の背中をながめてから、手芸店を覗いて帰ろうと建物内に戻った薫は、スマートフォンを取り出した。
(お礼のメールとか、はやすぎるかな)
家に帰ってからにするか、それともいますぐ打つべきか。
(うーん)
悩みながら画面を操作し、薫はブログの管理画面を開いた。
【鷹のマスコット。よろこんでくれないかも、と心配をしていましたが、無事に受け取ってもらえました! しかも目の前でさっそくスマホにつけてくれて、手作りだったら大切にしないとな、とまで言ってもらえたんです!! めちゃくちゃうれしい! でもちょっと、マスコットに嫉妬です】
本当は姉になのだが、ブログの読者はKAOが作り届けたと知っている。ここではウソをつく必要がない。
読み直した薫は、ふと文面どおりマスコットに嫉妬している錯覚にとらわれた。
(あいつはずっと、久間さんと過ごせるんだもんな)
理由がなくても傍にいられる。当たり前のように、鷹也の日常に入り込んでしまった。
自分で作った、お守りになるよう気持ちをこめたものなのに、なんだかちょっと憎らしくなった。そんな自分に苦笑して、記事をアップする。
(もっともっと、久間さんのことが知りたいな)
そして自分のことを知ってもらいたい。
彼との時間を反芻しながら、薫は手芸店へと向かった。
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