5 / 7

第5話

 ソワソワと心を浮き立たせて、薫は鷹也のもとへと向かった。こんなふうに、誰かと会うというだけで心がウキウキするなんて、いつ以来だろう。 「あ。久間さんなら、もうすぐ出てきますよ」  カウンターにいた店員に声をかけると、そう返された。 (どうしよう。だらりくまの景品を見ておこうかな)  それよりも、鷹也と一秒でもはやく会いたい。思うともなしに感じた心のままに、薫はカウンター前で鷹也が出てくるのを待った。 「おう。待たせたな。景品はもう見たか?」 「いえ、まだです」 「ふうん? まあいいや。行こうぜ。とりあえず、コーヒー飲んで一服してぇ」 「あ、はい」  フードコートに向かう鷹也について、クレープ屋の前に来た。 「どれ食う?」 「えっと。……じゃあ、チョコバナナで」 「なんだ。それでいいのか」 「はい」 「んじゃ、コーヒーとチョコバナナ。あ、砂糖とミルクはなしで。おまえ、飲み物は? 喉に詰まるだろ」 「ええと、それじゃあミルクティーで」 「そっちは砂糖つきな」  お会計はと店員に問われ、別々でと薫が言う前に、財布を開けた鷹也が「一緒で」と支払ってしまった。 「あの、代金」 「いいって。学生は社会人におごられてろ」  さらりと言われて、薫はモゴモゴと「ごちそうさまです」と礼を言った。 「おう」  商品を受け取り、席に着く。 「なんか、たかりにきたみたいで、すみません」 「俺がおごりてぇんだから、おとなしくおごられてろよ」 「はい。ありがとうございます」  胸の奥からクスクスと笑いが湧いてきて、口元がゆるんでしまう。そんな薫に、鷹也のやわらかな視線が向けられた。 「そんなによろこんでもらえると、おごりがいがあるってもんだ」  吸うぞと断りを入れてから、タバコを取り出す鷹也の姿に、うんと甘やかされている気になった薫は、己の体格が鷹也よりもずっとたくましく、大人びて見えることを忘れた。 「へへ」  照れ笑いをした薫に、鷹也が目じりをゆるめる。大切にされていると感じた薫は、ますます浮かれた。  チョコバナナよりも甘いものを、心に直接与えられている。  それをじっくり味わっていると、鷹也が「そうだ」とスマートフォンを持ち上げた。 「このマスコットさ、もう一個作れねぇ?」 「どうしてですか」 「はじめてあったとき、バイトの女が入ってきて、おまえと話したろ? 小物のことで」 「ああ、はい」 「あいつが、これ欲しいって言ってんだよな。ダメか?」 「ええと、それは……」  作れないわけではないが、鷹也だけの特別なものとして作成したものだから、鷹也のほかには持ってほしくない。  そんな気持ちが顔に出て、察した鷹也は「無理か」とつぶやいた。 「なら、これをやるしかねぇか」 「ダメです!」  思わず大声を出した薫に、鷹也が驚く。ハッとして、薫は身を縮めた。 「あ……、すみません」  ちいさくなりながら謝ると、鷹也が意味深な笑みを浮かべる。 「そんなに、ほかのヤツに持たれたくねぇのか」 「えっと、ほら、その……。姉ががんばって作っていたのを見ていたので。だから、その、ほかの人にあげるっていうのは、ちょっと」 「ふうん」  含み笑いをする鷹也に、薫は「なんだろう」と心中で首をかしげた。 「なあ、薫」 「はい」 「裁縫道具、持ってるか?」 「? 持ってますけど」 「時間あるなら、俺ん家に来てくんねぇ? ボタン取れた服があってさ。どうも不器用で、俺、うまくできねぇんだよな」 「……いいです、けど」 「なら、それ食ったら行こうぜ」  急に話が飛んだ気がするけれど、鷹也の中ではマスコットの話は終了したのだろう。 (譲らないし、作らなくてもいいってことで、いいんだよな)  そう理解した薫は、鷹也とともに駐車場に行き、妙な緊張を覚えながら彼の車の助手席に乗った。 (なんで、こんなに緊張しているんだ?)  ものすごく落ち着かない。しかし不快ではない。それどころか浮かれている。 (運転する久間さんも、かっこいいなぁ)  慣れた様子でハンドルを握る姿に、薫は見とれた。 「そんなジロジロ見んなよ。車、欲しいのか?」 「えっ。ああ、その……、なんか、助手席に乗るのって慣れてないから、それで」 「学生で車持ってるヤツなんて、めったにいねぇだろうからなぁ」 (ごまかせた)  ホッとして、薫は鷹也の横顔に視線を置いた。  見た目はとても愛らしいのに、どうしてこんなにかっこよく、一緒にいるとドキドキするのか不思議でならない。 (なんで俺、久間さんといると、こんなにふわふわするんだろう)  ブログに寄せられた「アタックすれば」というコメントを思い出し、薫は目元を赤くした。 (そういうんじゃないし)  いそいで鷹也から目を離し、けれどすぐに視線を引き寄せられて、薫は否定に自信が持てなくなった。 (俺、久間さんが好きなのかな)  恋愛としてなのか、ただのあこがれとしてなのか。  そんなことを考えながら、薫は鷹也の家へと連れていかれた。

ともだちにシェアしよう!