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第3話
久しぶりに見た健吾は、少し髪が伸びていた。
「髪、伸ばしてるのか?…前に会った時と雰囲気が違う」
「ああ、せやねん。今度、結婚式でな」
「…えっ?…お前結婚するの?」
「はあ?…アホぬかせ。大学のツレや。俺ちゃうし」
相変わらず容赦のない関西弁。慣れたとはいえ『アホ』はまだちょっとキツいと思ってしまう。健吾に言わせればアホは親愛の情らしい。
「じゃ、髪を伸ばしてオシャレに目覚めた健吾君には、まだ彼女はできてないんだ」
アホのお返しに揶揄ってやった。
「ほっとけ。お前こそどうなんや?ツンデレ彼氏の次は、まだ誰とも出会うてへんのか?」
俺は、まだだよ、と言って健吾を軽く睨んだ。目の前にいる誰かさんのことが気になってるんだ、なんて言えないし、結婚式なんて言葉を聞くと、ドキッとしてしまう。そして彼女がいないことがわかると、ホッとする。
健吾は、俺がゲイだと知っているのに、自分はその対象外だと、確固たる自信を持っている。俺も友達として、健吾を揶揄ったりバカ話しをして、面白可笑しく付き合ってるんだが、それも、どこまで続けられるのか、正直自信がなくなってきている。
脳天気の健吾は、お前に紹介するわ、って突然、彼女を連れて来そうな気がする。それだけは絶対にごめんだ。
「お前の荷物それだけか?」
健吾が俺の背中を見て訊いてきた。
「うん…一泊だし、リュックだけだよ」
「そうか、それやったら別に預けんでもええな。今からな、京都の奥座敷に連れてったるわ」
ちょっと、得意気な顔をする。そして俺が驚いた顔をすると喜ぶんだ。
「…奥座敷?」
「せや。貴船 ゆうてな、ええとこやねん。昼メシはそこで食うし。で、そこまで俺のバイクで行くしな」
「えっ?…健吾のバイクで?」
これは、本当に驚いた。
「ああ。後に乗したるわ。明日は送り火やしな、今の時期は特に道も混んどるから、バイクが一番手っ取り早いんや。この近くの駐輪場止めてるから、そこまで歩くで」
俺は、健吾のバイクの後ろに乗れると聞いてワクワクした。健吾の背中に抱き付けるんだ。でも俺は平静を装って、話しを変えた。
「ねぇ、送り火って大文字焼きだよね」
「お前、大文字焼きってな、食いもんみたいに言うな。五山の送り火や。ご先祖さんが帰っていかはんのを送る火や。焼いてどないすんねん」
笑いながら頭を小突かれた。これもいつものことだ。実は、ちょっと嬉しかったりする。
「それが、明日なんだ」
「せやから、京都に来い言うたんや。五つの山の火を全部一緒に見んのは、あの京都タワーのてっぺんしか無理やけどな、『大』の文字やったら賀茂川の河川敷で見れるし…ええぞ、幽玄の世界や」
「でも、実際に山に火を点けるんでしょ」
「ちゃうわ。火床いうてな、字の形通りに火を燃やす場所があんねん…お前な、ここやったらまだ外国人や旅行の人がぎょうさんおるからええけど、店入ってそんなん言うてみ、他所 から来はったお人やさかいなぁ、知らはらへんかて、しゃあないどすわな、とか言うて小馬鹿にされんぞ」
「健吾もそんなこと言って京都の人を小馬鹿にしてるだろ。本当にそんな言い方するの?」
「アホ。ホンマのことやぞ。優しい口調でいけずなこと言いよんねん、京都人は」
鼻に皺を寄せて健吾は言った。
「じゃあ、大阪人はどうなんだよ」
「ああ?…大阪人はやなぁ、ホンマのことしか言わへん。表裏なんてないんや。ええもんはええし、あかんもんはあかん」
「健吾は、嘘はつかないんだ」
俺は健吾の反応を見た。
「…それは、時と場合によんな」
「なんだよそれ、ズルいな」
「だから、嘘つくかもしらんって、正直に言うとるやろ。おう、それより着いたで、駐輪場」
京都駅近くの駐輪場に、健吾のバイクが止まっていた。健吾は俺に薄手の上着とヘルメットを用意してくれていた。
「うぅわ。メット熱なってんねんけど、ちょっと我慢してや」
俺はグレーの長袖の上着を着て、シルバーのメットを被った。俺がバイクの後ろに跨ると、しっかり掴まっとけよ、と言って俺の腕を掴んで自分の腹の辺りで組み直しをした。確かにメットは陽に照らされていたが、健吾の腹回りは想像以上に逞しくて、俺自身の興奮の熱で、メットの熱さは気にならなかった。
「ほしたら、河原町通りから加茂街道 通って行くで。途中で大文字山見えるしな」
健吾はスロットルを回して一度エンジンを吹かした。クラッチを操作するとバイクは動き出した。
俺たちは、貴船に向かった。
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