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第4話

 貴船までの途中の加茂街道を走っていると、大文字山が見えた。山の上方に、山肌で大の字がはっきりとわかった。夜になって、点火された大の文字は綺麗なんだろうなと想像できる。健吾と一緒にその文字を見つめていても俺はいつも通りでいられるだろうか。  京都駅から一時間くらいで、目的地の貴船に着いた。健吾が昼ごはんを食べると言った場所は、緑で覆われた貴船川の清流と並行して、車がギリギリすれ違えるくらいの細い道沿いにある趣のある佇まいの料理屋だった。その辺りは料理屋だけではなく、映え写真が撮れそうなオシャレなカフェもあった。  店の前にバイクを止めると、番頭さんみたいな人が出てきて駐車場へ誘導してくれた。それから、中居さんに案内されたところは、貴船川の真上に設えられた座敷だった。  貴船川の上流からの川の水が俺の足下を通って流れていく。このシチュエーションはさすがに驚いた。それに、さっきの京都駅前に比べると涼しくて、とても気持ちがよかった。 「どや?ええとこやろ?」  健吾が得意気に訊いてくる。 「凄いところだね…こんな場所初めてだよ。本当に気持ちがいい」  座敷の上流側は座敷より川底が一段上がって段差になっているせいで、小さな滝のように水飛沫を上げて流れている。俺は思わず深呼吸をした。 「お客様。お席は横並びとお聞きしておりましたので、あの様にさせていただきましたが、よろしゅうございますか」 「ああ。ばっちりや。ありがとう」  中居さんに案内された席は、水飛沫がかかりそうなくらい川に近い席だった。で、大きな塗りの座敷テーブルに二人分のおしぼりと漆のお盆の上に塗り箸と和紙に献立が書かれたお品書きが置かれていた。  その席の配置が、対面ではなく中居さんが言う様に、川面を眺められる横並びだった。  健吾は、座ろか、と言って座布団の上に腰を下ろした。俺も健吾の横の座布団に座った。 「やっぱり、涼しいな、ここは」  健吾はおしぼりで手を拭きながら、俺の方を向いて言った。  この状況は、どう見ても男同士のカップルに見えるんじゃないだろうか。他の客は、普通に対面で座っている。別にジロジロと見られているわけではないが、少し、ぎこちなくなってしまう。俺は、嬉しい反面、健吾が、どうして横並びにした理由も気になっていた。 「どうしてん?黙ってしもて…バイクしんどかったか」  なんか、優しい。 「ごめん。大丈夫だよ…健吾がさ、こんな素敵な場所に連れてきてくれるなんて、想像以上だったから」 「昔な、母方のじいちゃんとばあちゃんに連れてきてもらってな…お前が来るから、どっかええとこないかって考えてたら、ここ思い出したんや」  健吾は、昔を懐かしむように少し遠い目をした。すると、さっきの中居さんが、お飲み物はどうされますか、と訊きにきた。 「お前、どうする?俺はバイクやしノンアルのビールにしとくわ」 「じゃ、俺も一緒で」  中居さんは、注文を受けると、すぐにお料理をお持ちします、と笑顔で言った。気にし過ぎか俺はその笑顔の真意を確かめたくなる。厨房に戻ると、あの男のお客さんカップルやろか、隣同士で座ってはるわ、なんて言われてたりするのだろうか。  健吾は、水飛沫を上げながら流れる川を見て、なにやら思い出したようだ。 「昔、連れてきてもらった時な、じいちゃんとばあちゃんやろ、俺がなんか言うてもな、川の流れる音がやかましいてな、最初は大声で話しててんけど、だんだんしんどなってきてもうてな、最後の方は黙って食べてたん思い出してな…横に座ったら普通にしゃべれるやろ」  なるほど、そういう理由か。  確かに川の流れは、まぁまぁの音を立てている。  俺のドキドキは、貴船川に流れていった。

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