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第5話

 俺たちはさっそくノンアルのビールで乾杯をした。  よく冷えていて美味しい。さっきの中居さんが、先付けです、と長細い皿にのった料理を運んでくれた。お品書きにある先付けを見ながら、健吾と、この料理はああだこうだと言いながら味わって食べるのは、とても楽しい。やっぱり横並びでよかった。  鱧の落とし、という湯引きした鱧を食べていると、健吾が、あのな、と言った。 「俺な中学の三年間な、京都におってん」 「えっ…そうなんだ」  ずっと大阪とばかり思っていた。 「親父の仕事の都合でな、二年間だけ家族で福岡に行くことなってんけどな…俺は絶対にいやや言うて思いっきりごねたんや」  健吾の親御さんは、アホほど元気な悪ガキの発散場所として、地元のラグビーチームに小学一年になった健吾を入れたそうだ。 「家で弟と取っ組み合いして遊んどったら、すぐに怒られんねんけど、ラグビーやったらな、ナイスタックル言うて褒められんねんぞ。ラグビーが楽しいてしゃあなかったわ。中学になったら遠征にも行けるし、チームの仲間とずっと一緒にできるんやと思っとったからな…親父の転勤話しは受け入れられへんかってな、俺はこの家で一人で暮らす言うて、まぁ、暴れまくったわ」  健吾は当時を思い返して笑った。 「それで、母方のじいちゃんがな、それやったらウチ来るか言うてくれてな、俺だけ京都のじいちゃんとばあちゃんの家に引っ越したんや。ほんま、ごねたもん勝ちや。じいちゃんも若い頃にラグビーやってたんもあって、預かってくれたみたいやけど。自分のことは自分でちゃんとするって約束させられてな、俺は週末になったら一人で京都から電車乗って練習しに行ってたんや」 「へぇー。よっぽど好きなんだ、ラグビーのこと」 「ああ、そやなぁ…でな、二年経って親もこっち戻ってきたけど、京都は京都の友達ができてな、また我儘言うて卒業までじいちゃんとばあちゃんのとこにおらせてもらったんや」  俺は、その頃の健吾を想像した。クラスの人気者だったはずだ。すぐに誰とでも仲良くなって、あっという間に友達になっている。現に俺がそうなんだから。だから健吾にとって俺は、間違いなく友達なんだ。  中居さんが、川面の様な涼しげなガラスの皿にのった鮎の塩焼きを運んできた。胴体をくねっと曲げられて串焼きにされた鮎は、ガラス皿の上で泳いでいる様に見えた。  健吾は、鮎の背を何度か箸で押して尾ひれを折って外した。胴体から頭の部分をそっと引っ張ると背骨がきれいに引き抜かれた。 「健吾って、そんな手先が器用なんだ。凄いな」 「何言うてんねん。塩焼きはこうやって食うんや。かしてみ、お前の、やったるからっていうか、お前がこれ食べたらええわ」  健吾は、俺と自分の鮎をガラス皿ごと取り替えた。そして、見とけよ、と言って、これもまた器用に背骨を抜いた。  鮎の塩焼きが、こんなに美味しいなんて、俺は初めて知った。二人ともペロリと平らげると、健吾はボソッと言った。 「なぁ、唯斗。なんで最後の試合、見に来てくれへんかってん」  健吾は、高校、大学とラグビーを続け、社会人チームからスカウトをされた。そのチームで数年はプレイしていたが、去年の夏合宿の練習中に大怪我をして、昨シーズン前に引退を表明した。で、昨シーズンの最後の消化試合に健吾は出場した。  健吾からは、最後やし俺のカッコええとこ観に来いよ、と言われていたが、急ぎの仕事を理由に断っていたのだった。

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