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第6話

 思いがけない怪我で選手生命を絶たれた健吾の最後の試合なんて観に行けるわけがないと思った。試合が終わってから掛ける言葉も考えつかない。でも引退のことを聞いたのは、去年のクリスマスに、お前暇してるやろ、と健吾が東京に遊びに来た時だった。  ラグビーをしていたのは話してくれていたが、つい最近まで現役選手だったなんて思ってもみなかった。健吾からは後悔なんてものは微塵も感じなかった。しっかりと前を向いている思い切りの良さがあった。その頃から俺は健吾に惹かれ始めていた。 「急ぎの仕事で、どうしても都合がつかなかったんだよ」 「まぁ、それやったら、しゃあないけど」 「それに俺、ラグビーのルールとかもよくわからないしさ」 「その方がええんや。俺がボール持ってグランド突っ走ったり、ボール蹴ったり…その動きだけ見て、凄いって思ってほしかったんや」  そう言う健吾の顔は少し淋しそうに見えた。 「ラグビー知ってる奴やったらな、背番号で何をする奴か直ぐわかんねん。俺は、ゲームをコントロールしていく司令塔みたいな役やったからな、そこにボール蹴ったらあかんやろ、とか、もっとチームの奴らの動き見んかい、とかな、まぁ、好き勝手言われんねや…だからな、お前みたいなど素人に、観てもらう方が気持ちいいんや」  俺を小馬鹿にするいつもの健吾の顔に戻っていた。  でも、グランドを駆ける健吾は、引退をしなければならないなんて思えないくらい他の選手とまったく引けを取らない素早い動きだった。そして、背番号10の健吾は試合終了のホイッスルがグランドに鳴り響くと、その場で天を仰ぐように両手を高く突き上げ、そしてスタンドに向かって一礼した。  俺は、健吾に内緒でスタンドでその試合を観ていた。今でも健吾がスクラムから出てきたボールを受け取って投げて走ってる姿がしっかりと目に焼き付いている。  本当に健吾はカッコよかった。俺に間違って抱きついた方向音痴の健吾と同じ人物だなんて思えなかった。健吾がグランドに出てきた時から俺の心はもう落ち着かなかった。試合の勝ち負けは関係ない。ただただ健吾の姿を追っていた。  試合を観た後は、正直、やばいな、と思った。内緒で観に行ったのは、俺の真の想いがバレないようにしたかったし、もし、バレたとしても茶化されたくなかった。だから早々にスタンドを後にした。  友達という平行線で決して交わることのないこの思いは、どうなっていくんだろう。  嬉しさと苦しさと楽しさと切なさと…俺の心は平常を保ってこれからも健吾と同じ時間を過ごすのは、そろそろ限界かもしれない。    今日、思いがけずバイクの後に乗せてもらって、抱きつくこともできた。抱きつくっていうのは俺だけが思っていることなのだが、もう、思い残すことはない…よな。

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