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第16話

「妙法を見てから、ちょっと休憩しよか。送り火は夜の八時やしな」 「うん。暑いのにバイクの運転お疲れ様。どこか涼しいところで休もうよ」  トイレで止まったコンビニの駐車場で、健吾は缶コーヒーを飲みながらニヤニヤして言った。 「お前が女やったら、そこらへんのラブホでも行くんやけどな」 「別に、俺でもいいじゃん…彼女と間違えたくらいなんだから」  俺でもいいじゃん、って言うのは結構勇気が必要だった。 「昔のこと言うな。いつまで覚えてんねん」 「いいだろ…俺にとっては色々と衝撃的だったんだから」  あの間違いがなければ、こうして京都に来ることもなかったし、健吾を好きになっていなかった。 「ラブホは冗談にしても、ファミレスかカラオケか…お前、どっか行きたいとこあれへんか」 「ラブホ…」 「お前なぁ、そんなに俺と寝たいんか?」  健吾は、呆れ笑いをした。  健吾は、俺がゲイだって完全に頭にないようだ。  たとえこのままラブホに行けたとしても、俺からどうやって迫るんだって話しだけど。 「シャワー浴びたいんだよ」 「せやな…それやったらネカフェ行くか」 「あっ、俺、会員なってるとこあるけど、その店全国展開してるし、この近くにないかな」  俺はスマホの会員証のアプリを健吾に見せた。 「ああ、ここやったら、ちょっと行ったとこにもあるわ。会員になるん無料か…この際やし、俺もそこ登録するわ」  俺は背中のリュックに着替えがあるけど、健吾はサコッシュに財布とスマホだけだったから、コンビニで白Tシャツを買って、俺のリュックに突っ込んだ。    俺たちは、涼しいネカフェで、シャワーを浴びてから、個室のソファーで足を伸ばしてくつろいだ。   「世の中、便利な施設がぎょうさんあるな…」 「何、おじさん臭いこと言ってんだよ。それより、健吾、少し寝たら?…さっき俺、読みたかった漫画見つけたから」  健吾は少し考えてから、優しい顔をした。 「気い(つこ)うてくれて、ありがとうな。ほしたら、ちょっとだけ寝るわ」 「じゃ、俺、漫画取って来るね」  ラブホより、ネカフェの方がよかったと、つくづく思った。もし、本当にラブホに行ってたら、俺はたぶんカチコチに緊張して、くつろぐどころじゃなかっただろう。俺は漫画を手に取りながら、一人で笑った。  俺は、寝ている健吾の横で漫画を読み耽っていると、急にアラーム音がした。健吾がセットしていたようだ。健吾は体を起こすと、あぁ〜よう寝た、と伸びをした。 「お前、ずっと漫画読んどったんか?」 「そう。面白くってさ…時間忘れるよ」 「それやったらええねん。俺一人寝てて、つまらんかったら悪いな思てな」  健吾のこういうところなんだよ…好きになったの。 ギャップ萌えっていうのだろうか。見かけからは優しい言葉なんて言いそうにないんだから。  俺たちは、ネカフェで軽く腹ごしらえをしてから、送り火が見える、賀茂川の河川敷へ向かった。

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