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第四話【部下】淫夢が見せた逢瀬

 山野部長と二泊三日で、名古屋の本社へ出張に行くことになった。  その件を部長から聞いたとき、ニヤけてしまわぬよう、とにかく表情筋に力を入れ堪えた。  山野部長は、俺に出張の話をしながら、まるで心配事でもあるかのように眉を寄せた。けれど、そんな表情もまた渋くて格好いいのだから、困る。  俺は出張が決まってから、ずっと機嫌がいい。  金曜にリョウがセックスしに来たときだって、いつもより更にトロトロに溶かしてやろうと、ローションをたっぷり使って入念にほぐした。  トロトロのドロドロになったリョウが、もう我慢できないって顔してピクピクしている状態で「俺のも舐めて、リョウ」と咥えさせる。 「リョウ、リョウ」って名前を呼んで「上手」って髪を撫でながら褒めてやって。  その後、何度も何度も奥まで突き上げれば、リョウは「ヒ、ヒビキさん、すごい、あっ、す、すごい、あっ、いい」とたくさん喘いで縋ってくれる。  相性の良い最高のセックスをすれば、機嫌はもっと良くなるのだ。  もうすぐ朝四時という頃、リョウがいつものように「帰らなきゃ」と言うから「朝まで泊まっていけよ」と、断られると分かっていても引き留める。  背中に抱きつきながら「なぁ、帰るなよ」と耳元で囁いて。それでも、やっぱりリョウは帰ってしまう。  玄関で「来週はさ、木金土が出張になっちゃって、会えないんだ」と伝えた。  リョウは少しだけ考えて「じゃ、水曜の夜に来てもいいですか?」と言ってくれた。 「待ってる。早く来れるなら、夕飯を一緒に食べようぜ?」  そう誘ってみたけれど、リョウはやっぱり首を横にふる。 「いつもの時間に来ます」 「そっか。分かった」  チュッと触れるだけのキスしてをして、玄関先でリョウを見送った。  水曜の夕方。仕事中にリョウから律儀なメッセージが届いた。 『約束通り、今夜おじゃましていいですか?』  スマホを持って喫煙所に行き『待ってる』と返信を打っていると、山野部長も煙草を吸いにやって来た。 「青木、明日はよろしく頼むな」 「はい」 「一緒に出張するの、初めてだな」 「はい」  すこぶる機嫌が良い俺は、ふてぶてしいフリをするのも忘れ、何か気の利いたことを言ってポイントを稼ごうとしてしまった。 「山野部長、明日は新幹線で朝飯ですよね?俺、美味いサンドイッチ屋を知ってるので、部長の分も用意しますよ」  山野部長は俺が予想したより遥かに大袈裟に「それは楽しみだ!」と喜んでくれた。俺はなんだか恥ずかしくなって、自分で言い出したくせに冷めた目を向けてしまった。  その日の深夜、約束通りにリョウが訪ねて来てくれた。  リョウはいつもに増して、貪欲に俺を求めてくる。もうすぐ三十才とはいえ、俺の性欲も衰えていないほうだと思っているが、二十才のリョウの若さには勝てない。 「もっと、ねぇ、ヒビキさん、もっと、もっと。んぁっ、ねぇ」 「どうした?リョウ。足りたい?」  ブルブルと首を振る。 「金曜、会えないから。性欲を、使い果たして、おきたくて、あっ」  どういう意味で言われたのか分からないが、俺以外とはしていないのだと思え、うれしかった。  そして、リョウは俺だけを見ていてくれているのに、自分は山野部長との出張を楽しみにしていることに、少しだけ罪悪感を感じた。  翌朝の新幹線で部長は、俺の用意したサンドイッチを「美味い、美味い」と喜んで食べてくれた。  そして寝不足なのか、食べ終わればすぐに眠ってしまった。  俺も朝四時まで、リョウとセックスしていたのだから眠くて当たり前。名古屋に着くまで爆睡してしまう。  出張は順調だった。山野部長がプレゼンをし、俺が数字を読み上げる。クライアントも何度か前向きな質問をしてきて、いくつかの返事を翌日に繰り越した。  本社で東京支社と連絡を取り、保留にした分の解答を導きだして、夜遅くまで追加の資料を作成した。  夕飯は本社の会議室で、用意された弁当を食べた。  夜遅くになってからホテルにチェックインし、山野部長が先にシャワーを浴びる。  なんとなく気まずく、俺は一階のロビーにある喫煙所に行く。何本か煙草を吸って戻れば、部長はもうTシャツとスウェットに着替えベッドの上にいた。  俺も疲れていたから、山野部長に変な目を向ける余裕もなくシャワーを浴び、すぐに眠りについた。  ふと真夜中に目が覚め山野部長のベッドを見ると、頭からすっぽりと布団をかぶっていて寝姿は見られなかった。  でも、ふくらはぎから先だけが布団からはみ出している。  薄暗い中で見えた足首が妙に色っぽく、とても五十代には見えない。まるでリョウの足のようで、昨晩を思い出しムラムラっとしてしまう。  我慢ができずその足を見ながら、山野部長を抱くことを想像し自慰をした。  ベッドの上で丸くなり、起こしてしまわぬように声を殺す。乱れた呼吸を抑え込み、音を立てないように自分でしごく。  イきそうになって、慌ててヘッドボードのティッシュケースに手を伸ばす。ティッシュの上に白濁を出せばスッキリとして、すぐにまた微睡がやってきた。  朝起きると山野部長は、もう着替えも済ませていた。ギリギリまで眠っていたのが恥ずかしくて「すみません」と謝る。 「いや、いいんだ。年を取ると早起きでね」  俺を悪者にしないよう、スマートに笑ってくれる。  先にホテルのレストランに朝食を食べに行った部長に追いつくために、急いで支度をする。  ふと、昨晩の自慰に使ったティッシュを無造作にゴミ箱に捨てたことを思い出し、部長のベッドと俺のベッドの間に置かれた小さなゴミ箱を覗いた。  ティッシュゴミは、まるで何度も吐精したかのように、大量に捨てられていた。こんなに何度もした覚えはないのに……。  プレゼン二日目も、問題なく終わった。クライアントも提示した内容に納得してくれ、プロジェクトは軌道に乗ったと言っても過言ではない。  夜は、社長がセッティングしたクライアント接待に、駆り出される。社長は飲みの席が大好きなのだ。  俺はできる限り飲んでるフリだけをし、アルコールを摂取する量を控える。山野部長がそれに気がつき、小声で「飲めない人だっけ?」と訊いてくれた。 「俺、短い時間でたくさん飲むと記憶が飛ぶタイプなんです。失礼があったんじゃないかって後から心配になるのが嫌で、こういう席では飲みたくないんです」  部長は、やさしく微笑んで「分かった。無理しないで」と俺の肩を叩いてくれた。  機嫌良くクライアントが帰り、社長と、社長の息子と、山野部長と、俺だけでもう一軒行くことになった。  社長馴染みの次の店へ歩いて移動している時、部長が話しかけてくる。 「どれくらい飲むと記憶が飛ぶの?」 「量は体調によってですけど、短い時間に立て続けに飲むのがダメで。周りが言うには、俺、途中から笑い出すらしくて。そしたら危険信号なので止めてもらえますか?」 「わかった。俺が責任を持ってあげるから」  山野部長は、やっぱり渋くてやさしくて格好いい。  だから俺は、注がれるままにアルコールを摂取してしまった……。  ホテルに戻った時点で、とっくに日付が変わっていたのは覚えている。ベロベロになって山野部長に肩を借りて、部屋まで戻ったのもなんとなく記憶にある。  部長が一瞬リョウに見えて「リョウ?」って訊いたら「誰だいそれは?山野だよ」と答えてくれた。  その部長が、部屋の冷蔵庫からミネラルウォーターを出して口に含んだ。そしてそのまま俺に唇を重ねてくれるから、冷たい水が喉を流れ落ちた。  驚いている間に、その行為は深い口付けへと変わる。唇を喰み、舌を絡ませ、口内を舐められる。それはまるで、リョウのキスだった。  リョウはいつも積極的にキスをしてくるくせに、途中でセーブするように受け身になる。  年下ぶるとでも言えばいいのだろうか?遊んでると思われたくないのか、リョウは俺にリードさせようとする。  山野部長のキスもそれと同じだった。だから「リョウ?」と目を凝らすけれど、当たり前にそこにいるのは部長だった。  俺、やっぱり酷く酔っているのだろう。 「酔ってるみたいだ」  声に出して言えば「夢だよ、青木。いや、ヒビキさん」と目の前にいる部長が、リョウに変わっていた。  なんだ。やっぱり夢だったのだ。 「……リョウ」  裸でベッドに仰向けになっている俺の陰茎を、リョウが咥えている。  そして、いつの間にか用意されたローションをドボドボと手に垂らし、自分で後孔を弄っているのが視界に入る。  グチュグチュと水音がして、リョウの顔は紅く上気している。「あっ、あっ」と声が溢れて、俺の陰茎を舐める作業がどんどん疎かになる。 「リョウ」  夢の中のリョウに話しかければ「ヒビキさん」と甘ったるく返事をくれた。  隣のベッドを見れば山野部長の姿はなく、誰も眠っていない。さすが夢だ。色々と都合がいい。  夢の中のリョウが「あんなに飲ませちゃったから、勃たないんじゃないかと思ったけどよかった」と言う。  そしてボクサーパンツを脱ぎ、俺に跨ってくる。  俺は頭の片隅で、リョウが履いているボクサーパンツはいつか俺がプレゼントしてあげたものだ、と思い出している。  リョウは自分の後孔に俺の陰茎を充て、ゆっくりと腰を落としてきた。俺の硬く滾ったモノが、ズブズブとリョウの身体に埋もれてゆく。 「んぁっ、入って、く。あっ、んぁっ、いい、んぁっ」  リョウは嬌声を漏らしながら腰を揺らす。  ワイシャツを着たまま、緩めたネクタイ姿のリョウの腰に手を当てれば、良さそうにビクビクと震えているのが伝わってきた。  ん?ワイシャツにネクタイ?  夢の中のリョウは、山野部長のネクタイを締めているのか。そう思うと、より興奮した。  俺の上で腰を振るリョウも眼福だったけれど、辛抱できずクルッと体勢を変えて押し倒し、奥へ奥へとガンガン突き上げた。 「あっ、あっ、ヒ、ヒビキさん、あっ」 「リョウ、俺のこと、青木って、青木って呼んで」 「あ、あおき、あおき。いい、きもち、いい、あっ、んぁっ、奥、あっ、あおき」 「ぶ、部長、山野部長。んっ、部長の中、すごい、熱い、いい」  リョウの中がうねり、俺のモノを強く締め付けてくる。 「あおきーっ、イ、イクっ」 「部長ーっ、お、おれも、でるっ」  俺の下でふぅふぅと、まだ息が整わないリョウの顔には、見慣れた部長の眼鏡が乗っていた。  なんて都合のよい夢だろうと、可笑しくなる。  朝。目が覚めると、昨日と違って部長はまだ眠っていた。  慌ててゴミ箱を確認すると、空っぽだったから胸を撫で下ろす。  よかった、やはり夢だったのだ。リョウがここに来るはずはないのだから、当たり前か……。  ホテルのレストランで朝食を食べながら山野部長に「俺、昨晩の記憶がなくて……。失礼はなかったですか?」と確認した。 「大丈夫だったよ。ホテルに戻ってからは、いい夢でも見てたのかい?幸せそうな寝顔だった」  恥ずかしかったから「それも覚えていません」と答えれば、なぜか山野部長が照れたように目を逸らして俯いた。  やはり俺は、昨晩何か言ってしまったのだろうか?  山野部長は社長の家に呼ばれているというので、俺は一足早く新幹線に乗って東京へ帰った。  車内からリョウに『なにしてるの?』と珍しくメッセージを送ると『昨日、ヒビキさんの夢を見ました』と、可愛らしい返信が届いた。

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