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いばらの虜囚 1
ひたりと大神を見据えるセキの瞳は嘘偽りを含ませてはいないとわかるほど美しく澄み、目の前にいるのが恥ずかしくなるほどに真っ直ぐだった。
「すべて捨てて捨てて、それでも捨てられないのが貴方への愛なんですよ」
間接照明の光を受けてセキの双眸は弾けるような青い光に満たされて、慈愛を込めてゆっくりと細められていく。
「オレの体に最後に残るのは貴方への愛。体を獣共に与えても、心は貴方以外に捧げない」
誓う言葉は胸の奥に染み入るような響きを持ち、大神の心の奥にことんと音を立てて落ちていった。
形も重さもないそれが、どうしてだかこの世の中の何よりも重く思えて、大神は硬質な表情をわずかに崩れる。
「大好きですよ 大神さん」
それがその小さなΩの心からの精一杯の愛の告白だとわかっていた。
自分のために身を差し出すことを厭うことはないのだと、これ以上ないほどの真っ直ぐさで告げてくるセキに、大神は答えらしい答えを返さなかった。
セキはことあるごとに、大神のためならなんだってできますよ! と笑って言う。
常に傍に控える直江もその決意を常々持ってはいたが、あまりにも軽やかに言う姿に半信半疑な部分もあった。
自分なら盾にも剣にもなれるれど、庇護されるために存在するΩに何ができるのか と、心のどこかで思っていたのかもしれない。
「貴方が望むならなんだってしてみせます!」
いつものようにセキが大風呂敷を広げた発言に胸を張った時、直江はまたか……程度の感想で、もうそれはセキが大神の前で言う常套句なのだと思った。
返事もいつも通り逸らすかあしらうか……聞き流すか、そのどれかだと思っていたのに、その日は大神が書類を捲る手を止めてじっと何かを考え込む素振りをする。
反応してもらえたことにキラリと瞳を輝かせたセキに向かい、大神はたった一言だけを告げた。
「――――耐えろ」
大神がなぜその言葉を返事に選んだのか、直江は真意が何かを理解することができなかった。
「耐えろ」と言った大神の言葉の意味を直江が理解したのは随分経った時で、その時直江は大神に任された幾つかの会社のために奔走している最中だった。
接待のために会員制の高級クラブになんとか相手を突っ込んだところで、ホッと胸を撫で下ろしていた時、傍を通り過ぎた一群の中に嗅ぎ慣れたフェロモンを見て……
さっと振り返ってはみたが恰幅のいい筋肉質な男達に囲まれてその姿ははっきりとは見えなかったが、漏れ出す見慣れたフェロモンは誤魔化しきれない。
直江は目をすがめて、陽の光の下で咲く赤い花のようなフェロモンを確認する。
「……セキ?」
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