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落ち穂拾い的な 同級生

 緩やかなに空に登っていく線香を眺めて、瀬能は手を合わせずに肩をすくめる。  きっとこの墓に入っている奴は自分なんかに手を合わせて欲しくないだろう と、皮肉な思いで「大神家」と彫られた墓石にじっと視線を据えた。  仲がいいかはさておき、この年まで顔を突き合わせるの数少ない同級生だった。 「君も、オメガに人生を狂わされたねぇ」  しみじみ言う言葉に返事はない。  瀬能は大神が咲良と共に立っていた日を思い出して、苦い笑いを浮かべる。  いつも仏頂面の男が珍しく狼狽えたような雰囲気を作り、彼女を見せまいと間に入って壁になり……長い付き合いとはいえ、あれほど大神が誰かに感情を傾けているのを見たのは初めてだった。  それを羨ましくも微笑ましく思えていたのに…… 「残酷なもんだねぇ」  初々しい姿の咲良と、このまま幸せになるのだろうと思っていた考えはあっさりと打ち砕かれ、長い時間をかけて歪みに歪んで……とうとうお互いに身を滅ぼした。  責めるのは簡単だった。  咲良に、どうして外に出たのか。  大神に、どうして信じてやらなかったのか。  どうして、バース性に生まれついたのか。  それがどうしようもないことだと瀬能が一番わかっていたが、それでも尋ねずにはいられなかった。 「  ――ああ、先生」  声をかけられて振り返ると、一瞬時が巻き戻ったような気がして瀬能は首を振る。 「来てくださったんですね、ありがとうございます」  墓参りだと言うのに慧の腕には桜の枝がおさまっている。 「やぁ、まぁ、線香ぐらいはと思ってね」  手を合わせもしなかったのだから、本当に線香だけの墓参りだ。 「……」  桜の枝を供える大神の背は昔のように小さな子供ではなく、両親を同時に亡くした痛みを背負ってもしっかりと受け止めることができる大人だった。 「君はよく支えたよ」  彼は泣いてもおらず、父とそっくりな顔でやはり同じようにそっくりな表情をして見つめ返すばかりだ。  けれど瀬能は父が逮捕され、入院する母と残されて戸惑う組員たちを、年若い彼が支えようと一人奮闘していた日々を知っていた。  それを慰める言葉をいろいろと考えていたはずなのに、結局出てきたのはありきたりのチープな言葉だけだ。  言い募ろうとしても、あれほど並べていた言葉は喉から出てこず…… 「   ……」  友人とそっくりの眼差しを受け止めるには、瀬能は自分が歳をとり過ぎていると思った。 「いや、老いたくはないものだね」 「そう言うのは相応の行動をとってから言ってください」  友人もきっと同じ反応を返しただろうと思うと、瀬能は何も言えないまま再び線香の煙を見上げた。 END.    

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