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Aria of Echoes 18

「…………汐音?」  もしや と思いながらそろりと扉を開けると、凪のパーカーをエプロンがわりにした汐音が跳ねる油に怯みながら、フライ返しを震わせているところだった。 「何やってんだ?」 「料理だよ! 絵を描いてるように見えるの⁉︎」  フライ返しを指先でつまみ、できるだけ体から離して使おうとしているその様子は、絵を描いているようにも見えなくもない。 「そう見えるな。出来上がりが楽しみだ」 「な、なに言っ  ――っ!」  一際大きくパチン! と跳ねた油に驚いたのか、汐音は飛び上がるようにして後ろに倒れて起き上がれなくなった。  抜けたらしい腰でずりずりとリビングの方へと這っていこうとしている。 「もっもっ……もうしない!」 「わかったわかった! とりあえず火は止めるからな?」  凪はそう言ってコンロのボタンを押して、ぱちぱちと名残惜しげに音を立てているフライパンを覗き込む。  中には大量の油と、大量の引きちぎられたベーコンが放り込まれていて、じわりと香ばしい匂いを放っていた。 「火傷は?」 「ぅ……」  わざとらしい上目遣いで凪を見上げ、汐音は左手をそっと差し出す。  凪のパーカーの袖に油染みはついていたが、それ以外に何か大きな変化はなかった。もちろん怪我をしている様子もなく、凪はホッと胸を撫で下ろした。 「料理はできないって言ってなかった?」 「できないんじゃなくてしないの」 「じゃあ今日から『できない』に変更な」 「できなくない! 慣れてないだけ!」  小さなキッチンの上には先ほどのちぎられたベーコンと、ボウルの中に殻と共に入れられた卵がある。  随分と歯ごたえのいい料理になりそうな予感をさせるそれを持ち上げ、凪は苦笑した。 「ベーコンエッグ?」 「オムレツ。ベーコンの」  悔しげに言うと汐音は頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。まるで小さな子供だ と笑いながら、凪は水で濡らした指先で殻を摘みとる。 「前に作ったやつ?」 「簡単だって言ってたから……」  確かに凪は簡単だと言ったが、それは包丁が普通に使える人間が基準の簡単で、ベーコンを引きちぎって調理しようとする人間の基準ではなかった。 「ベーコンのオムレツ作ればいいんだな?」 「うん」 「普段料理なんてしないくせに……買いに行く間もないくらい腹減ってたのか?」  徒歩で三分ほどの位置にあるコンビニに行く時間も惜しかったのかと、子供でももう少し我慢がきくだろうと苦笑する。 「……お腹すいてるかなって思って」 「?」 「凪が。夕飯の時間に帰ってきてなかったから」  油染みのついた袖をいじりながら、汐音は肩を落とす。    

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