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Aria of Echoes 33

 いくら嘆こうとも秒針は止まることはない。  それに、もし時間があったとして洗濯をするかと問われれば、凪は首を振っただろう。 「……凪、なぁくん! こんな僕を置いてくの?」  爪先にいまだレースのストッキングが引っかかっており、汐音はそれを器用に揺らして凪を誘惑する。 「 っ……あんた、タチが悪いな」 「悪い男に引っかかったねぇ」  くすくすと小さく笑いながら、汐音はなおも誘惑しようとして足をもったいぶった様子で組み替えてみせた。わずから隙間から見えそうで見えないその奥に包まれた瞬間の心地よさは、凪が一番よくわかっていた。  けれど…… 「っ、ちょっと金がいるんだ、だから……バイトに行ってくる」 「え⁉︎ が、画材とか? どこかの特別展でも見に行きたいの⁉︎ ぼ……僕が、それくらいなら僕が出してあげられるよ!」  凪が本気で自分を振り切ってバイトに向かおうとしているのだと気づいた汐音は慌ててベッドから飛び起きる。 「それじゃあ意味がねぇだろ」  不貞腐れたような言葉を漏らし、凪ははっと口を押さえると耳を赤くしながら引き留められないほど素早く家を飛び出していった。  家庭教師先の子は悪い子ではない……と、凪はくたびれた体を引きずりながら夜の道を歩く。 「少し、背伸びをしているだけで……」  とはいえ、その背伸びが凪を消耗させるのだから仕方がない。  恋人がいる? に始まり、授業をそっちのけで聞きたがる汐音とのあれやこれや。凪は勉強を見つつそれをかわしつつで疲れ果ててしまっていた。  まだ自分の家にいるであろう恋人に甘いものでも買って帰ろうとした時、尻ポケットに入れてあった携帯電話が派手に震える。  ――――……――――……   「……と」  汐音かと大急ぎで見てみると、画面に映るのは海乃の名前だ。 「今度は誰のお誕生日なんだ?」  はは と苦笑しながら出ると、海乃はすでにヒートアップし切っており、聞き取れない金切り声が向こうから響いてくるだけだった。  切ってしまうこともできた。  けれどもそうした場合の海乃のうるささとしつこさ、それからわずかに残る面倒を見てもらっている恩が凪の手を止めた。 「おばさん、落ち着いてくださいよ。オレが聞きますから」  辛抱強くそう声をかけ続けてやっと、海乃は人間らしい理性を取り戻したのか、携帯電話を挟んだ向こう側でコホンと咳払いを一つする。 「ごめんなさいね。兄さんにあまりにも腹が立ったから」 「そうなんですね」  この人が兄である父に腹を立ててない時があっただろうか? と、凪は考えようとして無駄なことだと諦めてしまう。    

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