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第3話 マッチングアプリ
「ほらこのケーキ、有名らしいぞ。期限は今日中らしいから、さっさと食べようぜ」
「ありがとうございます。では早速、ご用意いたしますね」
氷岬が実は甘党で、和菓子でも洋菓子でもその存在を視界に入れるだけで瞳をキラキラと輝かせることは、十年前に二十二歳だった煌誠が当時十五歳の氷岬を拾った三日後に知った。
冷たくてクールなどと言われている氷岬は、勝手知ったる煌誠の部屋でいそいそと皿やフォークを出してお茶の準備をはじめる。
ウキウキとした様子にこうしたところは昔と変わらず可愛いなとぼんやり思いながら、煌誠はせっせと動く氷岬の姿をソファの上で寛ぎながら煙草を咥えて眺めていた。
「煌誠さんはお酒と珈琲、どちらにしますか?」
「珈琲」
「はい、かしこまりました」
煌誠が普段飲むのはもっぱら酒か珈琲で、お茶は飲まない。
それでも紅茶や緑茶などが揃っているのは二年前まで煌誠と同居していた氷岬が飲むためであり、今でも頻繁に立ち寄ることが多いために、そのお茶のスペースは引き続きしっかりと確保されている。
因みに今の氷岬の住まいは煌誠の家から三つ隣のマンション内で、移動時間は徒歩二分以内だ。
煌誠の面倒を見ることが氷岬の役目なので近い分には問題ないのだが、氷岬の部屋もベッドもそのままにしてあるので組の者たちはなぜ二人が別々に住んでいるのか、むしろ疑問に感じるらしい。
「そういやお前のフロント企業、ここ最近随分と成果を伸ばしているみたいじゃねぇか」
「お陰様で、例のマッチングアプリがやっと軌道にのってきました」
氷岬は煌誠から話を振られ、自身が上役を任されているIT関連企業の話をしながら珈琲豆を挽く。
αである氷岬は、勉強に取り汲む期間が他の人より遅かったもののIT関連に強く、自分でもプログラミングを出来る腕前だ。
最初はAI動画を駆使した詐欺用に組の内部で開発を行っていたが、そこから十分な利益を得られるようになってからは自分の趣味で第二次性に悩む人のためのアプリを開発し、それが裏社会のみならず表社会でも注目を集めることとなった。
氷岬が開発したアプリは、マッチングアプリの類である。
ただ特筆すべきは、「運命の番」もしくはそれに準じた相性の良い番を探すためのマッチングアプリであるということだ。
「運命の番」に会える確率は、極めて低い。
氷岬は詐欺で得た元手をとある研究所につぎ込んで、「運命の番」である者達の血液、つまり遺伝子情報を集め、彼らの遺伝子の一部が全て真逆の配列をなすことを突き止めた。
アプリの登録には血液の提出と個人情報のみで、個人情報は開発アプリの運営側にしかわからず、趣味の欄も好みの欄も、なんの記載も要らない。
研究所経由でいくつかのαやΩの試験データが集まったものの、開発当初はサンプルの少なさに難航していた。
しかし氷岬は、そこで強運を引き当てた。
試験データとして回収した血液の中に、本当に「運命の番」である者たちがいたのだ。
歳や距離が離れていて、本来ならば出会うはずのなかった二人。
そして、アプリで番と出会えたαは、それなりに人気のあった独身俳優でもあった。
その人気俳優がこの事実を奇跡というタイトルでSNSに投稿したことから氷岬のアプリは一気に認知され、サンプルを提出するαやΩが爆発的に増えたのである。
とはいえアプリであるため、当然、自分の相手が登録をしているとは限らない。
全員が「運命の番」に会える保証はない。
しかしそこで、このアプリではその欠点を補うために、遺伝子情報から弾き出した「運命の番」に準ずる遺伝子情報を持つ相手を紹介する仕組みになっている。
運命の番でなくとも、それに似た遺伝子配列の相手であれば、相性が良いということは実験データからも既に導き出されており、登録は無料だがマッチングした相手の開示にお金を取るという方法で、運営側は利益を得ていた。
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