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第4話 二人の絆
「お前のお陰で資金も困らねぇし。ほんと、良い拾い物したな、俺」
「煌誠さんが、アプリの開発に反対せず、協力してくださったお陰です」
上機嫌で笑う煌誠に、氷岬はあくまでも謙虚な態度で応対した。
しかし実際、本当にその通りだった。
煌誠以外の組の者は、アプリの開発なんてヤクザの特殊詐欺に比べればシノギの一角にもなりゃしないと散々馬鹿にしたものだ。
「俺は昔から、博打には強いんだよ」
「そうでしたね」
煌誠は、AIを使って「通報されにくい」「ガサ入れされにくい」特殊詐欺を確立して飛躍的に資金を増やした氷岬を信頼し、「自信があるなら、やってみろ」と言って、煌誠に集まった上納金の大半を回してくれたのだ。
そして今、その過去に回して貰った上納金以上の売り上げを、氷岬は成果としてあげている。
「βの俺にはわからねぇが、運命の番なんかに振り回される人間が一人でも減りゃあいいんじゃねぇの」
当人たちはもちろん、その周りの人間も含めて。
煌誠は煙草を灰皿に押し付けると、氷岬の入れた珈琲を啜って「美味い」と呟く。
「はい……ありがとうございます、私もそう思います」
氷岬と煌誠は、二人とも第二次性に振り回された過去を持つ。
氷岬は少し嬉しそうに頷きながら、自分の定位置である、煌誠の左側にある一人がけソファに腰を落ち着けた。
「んじゃ食うか」
「はい、いただきます」
普段はキリッと上がった眉を下げながら、氷岬は嬉しそうにお茶を一口啜るとフォークを手にする。
煌誠は本人には全く自覚がないんだろうなと思いながらそのケーキを一口だけ食べると、フォークを置いた。
「甘くて食べられないから、お前にやる」
「……いつも思うのですが、煌誠さんって甘い物嫌いですよね」
「まあ、好きではないな」
どうせ食べないのであれば貰ってこなければいいのに、と言いながら、氷岬は自分のほうへ寄せられた皿を回収する。
そしてちびちびと、一口ずつ大事そうに味わって食べた。
「どうせお前が食べるんだから、無駄にはならないだろ」
口直しの珈琲を飲みながら、眉を下げて食べる氷岬を眺める煌誠。
氷岬を拾う前は要らないと言って突っぱねていた菓子を貰うようになったことは、氷岬を含め、今の若い組員は知らない。
「そういや、お前がそんなアプリの開発をしたのは、お前自身が運命の番を見つけるためだって、組の連中が騒いでいたぞ」
「そんな、まさか。私が運命の番に会っても、わかるはずがありません」
綻んでいた顔をすぅと無表情に戻して、氷岬は答える。
「だからこそだ。お前がフェロモンを感じない体質だから、アプリで探そうとしてるんじゃないかってさ」
「ああ、なるほど。そういう意味ですか。確かに私のサンプルは、0番で登録しましたしね」
「お前……」
先ほどまで上機嫌だった煌誠の機嫌が急降下したことに気づいて、氷岬は煌誠に視線を向けた。
「冗談ですよ。私に運命の番はいりません」
「ああ、そうだ。お前の一番は、常に俺じゃなきゃいけない。そう契ったことを、忘れるな」
「ええ、勿論です」
氷岬が即答したことで、煌誠は満足したように頷いた。
煌誠の周りの人間は、氷岬以外全て、βで固められている。
αやΩは信用ならないというのが、煌誠の持論だ。
ひと昔前は、有能なαが企業や経済、政治のトップに君臨することが多かった。
しかし、どんなに優秀なαであっても、Ωが絡むと途端に理性が崩壊する。
どんな国でも社会でも、Ωに操られたαが多々問題になったことで、いつしか人は、有能なαは補助役に回し、トップには常に何にも介入されず動じることのないβを置くようになった。
そしてそれは、ヤクザの組織内部でも同様だった。
βだからこそ、本人にその気はなくとも煌誠はトップを狙えるのだ。
そして、組長の子どもでもない煌誠が若頭と呼ばれるようになるほど、組に収める資金を潤沢にした人間が、氷岬である。
「……俺を裏切るなよ、氷岬」
「はい、煌誠さん。私の運命は、あなたに会えたことだけです」
αを毛嫌いする煌誠が、氷岬だけは特別扱いをして傍に置く。
特別扱いするのは、氷岬が単にフェロモンを感知しないために、βとほぼ変わらない身体だからだ。
ただそれだけだと、氷岬はよく理解している。
「傷の舐め合いでもしてんじゃねぇの」
「尻の舐め合いの間違いだろ」
そう言って、四六時中一緒にいて固い絆で結ばれた二人を揶揄する組員もたくさんいた。
しかし二人がそうした接触をしたことは、一度もなかった。
少なくとも、この時までは。
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