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第6話 息抜き
「あのぉ、すみません。僕たち、設置のやり方がわからなくて……」
眉を下げて困り顔をした二人組の男を前に、氷岬はすでにビールを開けて寛いでいる煌誠を振り返って見た。
「煌誠さん、少し行ってきてもいいですか?」
「ああ? なんでお前が行くんだよ」
煌誠は顔をあげ、可愛らしい印象で庇護欲を掻き立てられる、Ωであろう男たちをジロリと睨みつける。
「お二人とも、αですよね? 僕たち、Ωです。テントの張り方、教えてもらえませんか?」
二人は煌誠の鋭い視線にびくびくしながら、それでもにこ、と笑みを浮かべて教えを乞う。
「煌誠さん、彼らもお困りのようですし」
「……テントの張り方教わるのに、αとかΩなんて関係あるかよ」
氷岬が彼らを庇うようにフォローすると、煌誠は空になったビール缶を片手で潰しながら、不機嫌そうに唸った。
「テントの張り方なら、ここのスタッフに聞けばいい。それに俺はβだ。男漁りなら、他を当たれ」
そこでやっとΩの男たちの思惑に気づいた氷岬は、にっこりと笑って二人にお引き取り願う。
「……すみません、そういうことですので」
煌誠と氷岬の言葉で二人は急に態度をガラッと変えると挨拶もせずに踵を返して、ぎゃあぎゃあと騒がしく話しながら去って行く。
「なんだよ、βか。声かけて損した」
「だからやめておこうって言ったのに」
「おい、お前もああいうタイプ好きだって言って、乗り気だったろ」
氷岬は止めていた手を再開して、バーベキューの具材を網の上に並べていった。
「……煌誠さん、すみません」
「お前は組の人間のくせに、お人好しすぎて、どこか抜けてるな」
二人が消えて機嫌を直した煌誠は、先ほどの凄味を利かせた人間とは同じに思えないような明るさでくつくつと笑って返す。
「危なっかしくって、目を離していられない」
「……次から、気をつけます」
氷岬は、「αのくせに」と言わない煌誠を、改めて心から好ましく感じた。
「いや、お前はそのままでいい。お前をうちに引き込んだのは、俺だしな」
そう言いながら煌誠は、五つ目のビールの缶をプシュ、と気持ち良さそうな音を立てて開ける。
「煌誠さん、ちょっとペースが速すぎでは?」
「ビールなんかじゃ酔えねぇし」
「川で溺れないでくださいよ」
「川遊びなんかするかよ」
「この前、引っ掛けたルアーを取ろうとして中に入っていったじゃないですか」
「……そんなこと、あったっけかな」
「ありましたよ」
プライベート中の煌誠と氷岬は、組の者たちが聞けば驚くような会話をポンポンと軽快に交わす。
他の者が委縮する中、氷岬は煌誠を怖がらずに思ったことを言ってくれるから、煌誠にとって氷岬は話していて楽しい相手であった。
だからこそ「氷岬は煌誠のお気に入り」だと言われるのだが、実際にその通りなのだ。
「お前、肉はそれだけでいいのか? だから細いんだよ、もっと食え」
「私は魚介のほうが好きなので、そんなにいりません」
「んだと、俺がわざわざよそった肉が食えねぇのか」
「誰が皿にのせようが、肉は肉ですよ煌誠さん」
「仕方ねぇ、じゃあエビのせてやる」
「……ありがとうございます……?」
仕事の合間の、束の間の休息。
普段から一緒にいることの多い二人であるのに、プライベートでも一緒にいることが多く、そしてそのことを二人とも苦痛に感じることは一切ない。
二人が知り合って十年、翌朝の釣りで氷岬が圧勝したとしても、この時までの二人の関係はいたって良好だと言えた。
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