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第7話 憂鬱な会話

「お疲れ様です、煌誠さん」 「おう」 「……本当にお疲れのようですね」 「まぁな。組長(おやじ)の話がなげぇのなんの」 そんなある日、二人が組の集会所を去ろうとしたところ、声をかけてきた人物がいた。 「おい、煌誠」 「……なんでしょうか、オジキ」 話し掛けてきたのは、組長の弟分としてずっと長く組にいる、年配の組員だ。 彼を次期組長に推す組員も多く、配下の者たちはお互いに牽制しあっているが、当の本人たちはそこまでではない。 組を長く支えてきたという意味で煌誠は彼を敬っているし、組を支える潤沢な資金を作り出しているという意味でオジキと呼ばれた人間は煌誠を大いに買っている。 お互いに組長が最優先であり、そこも通じ合うものがあった。 むしろ二人は、それぞれの派閥を焚きつけようとする人間が一番厄介だと考えている。 「お前、親父からそろそろ身を固めろと言われているんだから、いい加減特定の恋人を作れよ。お前に寄って来る女なんて、いくらでもいるだろうが」 そう言われた煌誠は、苦虫を嚙み潰したような顔をした。 「ですから、俺は心から好きになったやつじゃねぇと無理なんですって」 「あー、お前も両親のことで色々思うことがあるのかもしれねぇけどよ。俺たちβにゃ一生理解できねぇんだから、お前も普通にβで探せばいいだろうよ」 「βでもなかなか良いって思える女がいないんですよ。そもそもカタギの人間には怖がられますしね」 「はぁ、仕方ねぇなあ。お前が身を固めてくんねぇと、俺だって完全にお前を推すことはできねぇよ」 組長は古い考え方の男で、家族を養ってこそ一人前の男だという考えをいまだに持ち合わせている。 「俺はこのままが、いいんです」 「このまま、ねぇ……」 ちらり、と男は隣で黒子に徹するかのように存在を消している氷岬に視線を移した。 「じゃあ代わりに氷岬、お前が先に結婚するか?」 「……え? 私がですか?」 急に話を振られ、氷岬は目を瞬く。 「オジキ、氷岬を巻き込まないでください」 「そうだ、氷岬が先に結婚すりゃ、こいつも寂しくなって少しは結婚する気になるかもしれねぇ」 「オジキ!」 組員が見れば怖気づいてしまう煌誠の鋭い眼光も、流石の年の功といったところか男はまともに受けることなくするりと躱す。 「はっはっは、どうだ氷岬、相手になるような女やΩはいねぇのか?」 「いいえ、私は……どんな相手であっても、相手が満足するような生活を送ることはできないと思いますので」 「そりゃねぇだろうよ、気難しいこいつの面倒をこんだけ長い間みといてよぉ」 単なる生活全般であれば、そうであろう。 しかし結婚する相手とは当然「性生活」が伴うわけだし、それについては別の話だ。 氷岬は、過去の経験から勃起不全になっていた。 そしてそれを、治療するつもりもなかった。 煌誠と同じく、今の生活が気に入っており、今のままでいいと思っていたのだ。 口を噤んだ氷岬と、お気に入りにちょっかいを出されて今にも爆発しそうな煌誠を交互に見た男は、そろそろ潮時だなと思って会話を終わらせる。 「悪ぃ、少し余計な首を突っ込み過ぎたな。まぁ、氷岬はαなんだし、自分のアプリで相手が見つかるかもしれないとなれば、もう少し慎重になるってもんか」 「氷岬は俺のもんです、馬鹿言わないでください」 ギラギラとした怒りをその瞳に滲ませながら、煌誠は努めて冷静になろうと笑顔を浮かべる。 「煌誠、お前は本当に真っ直ぐだなぁ。結婚なんて紙切れ一枚、適当に処理すりゃいいのに……そんなにムキになるんじゃねぇよ」 ポンポン、と煌誠の肩を叩きながら、男は先に、玄関前に横づけされた車に乗り込んだ。 男を見送った二人も自分たちの車に乗り込み、氷岬はバックミラー越しに話し掛ける。 「大丈夫ですか、煌誠さん」 「ああ。本当に、親父もオジキも、頭が硬すぎて困る……」 車の中で、ふぅ、と煙草の煙を吐き出しながら煌誠は額に手を当てた。 「オジキはオジキなりに、煌誠さんのことを気にかけているだけですよ」 「それは理解してるつもりなんだが……」 氷岬と出会った頃は二十二歳だった煌誠も、もう三十二だ。 オジキの言う通り、確かに身を固めてもいい年頃である。 しかし、どんな女であっても、煌誠が一生一緒にいたいと思える相手に出会ったことはなかった。

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