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第22話 疼く身体

「伊吹……もしかして煌誠さんは、私の身体に飽きたのかな」 「……は?」 ずん、と暗い表情で言う氷岬に、伊吹はこめかみをピクピクと動かす。 煌誠の囲い込みやら溺愛やらは加速するばかりで、伊吹を含めて他の男が近付こうとするだけで威嚇されるのに、そんなわけがない。 「いやぁ、どうっすかね。もし本当に飽きたなら、ラッキーじゃないですか。元々オレの家は氷岬サンの家だし、ウチに引っ越してきてもらってもいいっすよ」 一年前、しっかり性癖を歪まされた伊吹は意趣返しとばかりににっこり笑ってそう提案する。 氷岬の痴態をしっかりと見てしまった伊吹は、あれから氷岬が傍にいるだけで落ち着かない気分になってしまうのだ。 しかし万が一にも手を出そうものなら文字通り首が飛ぶので、お酒でいつもよりふんわりとした雰囲気の氷岬を前にお喋りしかできず、生殺し状態である。 あれ以来男同士のAVも観るようになったとは、誰にも言えなかった。 「ラッキー……そうだな、ラッキーか……」 ぽつり、と氷岬が呟いた時玄関から音がして、ちょうど煌誠が帰宅する。 「ただいま、氷岬。ああ、夜中なのに電気がついていると思えば、伊吹が来てたのか」 「お邪魔してます煌誠サン!」 「眠れなくて、私が呼んだんです」 「そうか。しかし、こんな夜中に呼び出すなんて危機感が足りないんじゃないか? 氷岬はどこか抜けてるしな」 「私にそんなこと言うのは、煌誠さんだけですよ」 頬を膨らませるほろ酔いの氷岬に、煌誠はキスを落とす。 そして、何もしてないだろうなという問いをその視線にのせて、氷岬とキスしたまま伊吹を睨んだ。 「じゃあ煌誠サンも帰ってきたことだし、オレはもう帰りますね!」 背中に冷や汗を垂らしながら、ジェスチャーで酒を飲んでいただけだと合図したあと、本格的なイチャイチャがはじまる前に伊吹はさっさと退散しようとする。 「伊吹、夜中まで付き合わせて悪かったね。これ良かったら、持って帰って」 お詫びの高級ワインを持たせた氷岬は、伊吹が去るとまだスーツ姿の煌誠の首に腕をまわして縋りつく。 「氷岬……? どうした、気分でも悪いのか?」 氷岬の甘えたような仕草に胸を撃ち抜かれながら、煌誠は淡々とした声を心掛けて氷岬の背に腕をまわして、ぎゅっと抱き締め返した。 「……煌誠さん、その……」 「ん?」 煌誠は強面の顔をほころばせながら、そのまま氷岬の顔を覗き込む。 ――今日もシないのでしょうか? そんな問いを口にすることは出来ず、氷岬は誤魔化すように話題を探す。 「その……秘書から明日は一日、煌誠さんと過ごすよう言われました」 氷岬のスケジュール管理をしている秘書から、数日前から「この日は絶対になんの予定も入れないでください」と何度も念押しされていた。 よぽど大事な用事なのだろう。 「ああ、そうだ。氷岬は以前、アプリでパートナーになった奴らのその後の生活を気にしていただろう?」 煌誠に問われて、氷岬は頷く。 マッチングアプリの利用は自己責任だが、アプリで結ばれた人たちが本当に幸せで満たされた人生を送れているか、気になっていた。 そこを確認すれば営業も安心して動けるだろうし、利用者もさらに安心して利用できるだろう。 「明日はアプリでパートナーになった数組の人たちに、アポイントを取ってある。表向きはクラウドファンディングの出資者として顔を出すから俺が話をするが、氷岬はそれに同行してくれればいい」 「はい、かしこまりました」 「明日は早いからな、もう寝ろ」 「……はい」 煌誠はひょいとそのまま氷岬を抱き上げると、氷岬の部屋へむかう。 お互い忙しくて睡眠のタイミングが合わない時やどちらかが風邪をひいた時に氷岬は自分のベッドを使うのだが、心のどこかでがっかりしている自分に氷岬は気づいた。 お尻が、疼く。 そんな氷岬の気持ちに気づいているのかいないのか、煌誠は甲斐甲斐しく氷岬をパジャマに着替えさせるとベッドに寝かせ、額にキスを落とす。 「おやすみ、氷岬。また明日」 「……おやすみなさい、煌誠さん」 ドアの閉まる音が、どこか無情に響いて聞こえた。

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