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【過去編】 4.どうしても気になったから…

ラスヴァンが昼寝をしている時間、ジェイスはそっと家を抜け出し、小さな図書館へと向かった。  リーヴェルの図書館は、王都からの寄付本、町人や旅人が持ち寄った古本、そしてごく稀に自筆の文献を寄贈する者がいて、それらの“許可された本”によって成り立っている。 「こんにちわ〜」 「おっ、ジェイス。めずらしいな」  顔なじみの司書が声をかけてくると、ジェイスは少し照れたように笑いながら、声をひそめて言った。 「あの……ゲイについて、調べたいんだけど」 「……ゲイ!?」  思わず目を丸くする司書。だがすぐに、ロマンスグレーの髪を後ろへ撫でつけ、落ち着きを取り戻してから言葉を継ぐ。 「そ、そうか……うん、そうだよな。ジェイスもそういうことに興味を持つ年頃だもんな……。えっと、旅人が寄贈していった詳しい文献がある。一番奥の棚、分厚い赤い冊子を探してごらん」 「ありがとう」  普段はどこか冷静で飄々としている司書が取り乱したことに、ジェイスは驚きつつも棚の奥へと向かった。 (……悪いことなのかな? でも、ラスヴァンって、そういう人に見えない……)  やがて見つけたのは、やけに分厚い赤い冊子。背表紙のラベルには、奇妙な筆跡でこう書かれていた。 『腐女子より ゲイの世界』 「これだ!」  思わず小さく声を上げ、勢いよくページをめくる。目次にあった『ゲイとは?』の項を探して読み始めたジェイスは、ある一文でぴたりと手を止めた。 ――― 『主に男性が男性を好きになる性的指向』 ―――  文献の説明は、簡潔で、強くて、はっきりしていた。  ジェイスの中で、世界の見え方がぐるぐると回り始める。 (ラスヴァンは……男が……す、き?) (じゃあ、オレも男だから……?)  脳裏に浮かぶのは、ラスヴァンの顔。低くて落ち着いた声。隣に並んだとき、自然と触れてしまいそうになる距離。 ――ボッ。  鼓動と共に、全身が一気に熱くなる。 「ま、待って……ちがう……“恋愛”って書いてあった。オレのことが好きとは限らない……」  無理やり言葉を口にしてみる。  けれど、ぽつりとこぼれたその一言が、胸の奥をチクリと刺した。 「うぅ……どうしよう……どうすれば……」  動揺をおさえようとすればするほど落ち着かず、本を抱えたまま、図書館の同じ通路を行ったり来たり。  そして、ふと、昨日の夜にラスヴァンが言った言葉が浮かんだ。 『――気にするな』 「あ……」  ジェイスはそっと、分厚い文献を棚に戻した。 ―――  帰り道。  くねくねと曲がる土の小道を歩きながら、ジェイスは一人、呟いた。 「きっとラスヴァンは、気にしてほしくないんだな……なら、オレも今まで通りにしないと……」 ――チクン。チクン。  さっきから続いている、胸の痛みと苦しさ。 「……なんで……?」  胸元をぎゅっと押さえて、ジェイスはトボトボと、ラスヴァンが待つ家へと帰っていった。

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