5 / 27
【過去編】 4.どうしても気になったから…
ラスヴァンが昼寝をしている時間、ジェイスはそっと家を抜け出し、小さな図書館へと向かった。
リーヴェルの図書館は、王都からの寄付本、町人や旅人が持ち寄った古本、そしてごく稀に自筆の文献を寄贈する者がいて、それらの“許可された本”によって成り立っている。
「こんにちわ〜」
「おっ、ジェイス。めずらしいな」
顔なじみの司書が声をかけてくると、ジェイスは少し照れたように笑いながら、声をひそめて言った。
「あの……ゲイについて、調べたいんだけど」
「……ゲイ!?」
思わず目を丸くする司書。だがすぐに、ロマンスグレーの髪を後ろへ撫でつけ、落ち着きを取り戻してから言葉を継ぐ。
「そ、そうか……うん、そうだよな。ジェイスもそういうことに興味を持つ年頃だもんな……。えっと、旅人が寄贈していった詳しい文献がある。一番奥の棚、分厚い赤い冊子を探してごらん」
「ありがとう」
普段はどこか冷静で飄々としている司書が取り乱したことに、ジェイスは驚きつつも棚の奥へと向かった。
(……悪いことなのかな? でも、ラスヴァンって、そういう人に見えない……)
やがて見つけたのは、やけに分厚い赤い冊子。背表紙のラベルには、奇妙な筆跡でこう書かれていた。
『腐女子より ゲイの世界』
「これだ!」
思わず小さく声を上げ、勢いよくページをめくる。目次にあった『ゲイとは?』の項を探して読み始めたジェイスは、ある一文でぴたりと手を止めた。
―――
『主に男性が男性を好きになる性的指向』
―――
文献の説明は、簡潔で、強くて、はっきりしていた。
ジェイスの中で、世界の見え方がぐるぐると回り始める。
(ラスヴァンは……男が……す、き?)
(じゃあ、オレも男だから……?)
脳裏に浮かぶのは、ラスヴァンの顔。低くて落ち着いた声。隣に並んだとき、自然と触れてしまいそうになる距離。
――ボッ。
鼓動と共に、全身が一気に熱くなる。
「ま、待って……ちがう……“恋愛”って書いてあった。オレのことが好きとは限らない……」
無理やり言葉を口にしてみる。
けれど、ぽつりとこぼれたその一言が、胸の奥をチクリと刺した。
「うぅ……どうしよう……どうすれば……」
動揺をおさえようとすればするほど落ち着かず、本を抱えたまま、図書館の同じ通路を行ったり来たり。
そして、ふと、昨日の夜にラスヴァンが言った言葉が浮かんだ。
『――気にするな』
「あ……」
ジェイスはそっと、分厚い文献を棚に戻した。
―――
帰り道。
くねくねと曲がる土の小道を歩きながら、ジェイスは一人、呟いた。
「きっとラスヴァンは、気にしてほしくないんだな……なら、オレも今まで通りにしないと……」
――チクン。チクン。
さっきから続いている、胸の痛みと苦しさ。
「……なんで……?」
胸元をぎゅっと押さえて、ジェイスはトボトボと、ラスヴァンが待つ家へと帰っていった。
ともだちにシェアしよう!

