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【過去編】 5.無意識だった…

 動くとジェイスが『傷にさわるから大人しくしてろ』とプリプリ怒るので、ラスヴァンはやることもなくベッドに寝転がりながら、毎日ジェイスを眺めていた。  着替えをしているときに見ていると、その肌は綺麗で、薄い色の乳首が目を引いた。体格は中肉中背、腕はほんのり筋肉質で、胸と尻と太ももはもっちりしている。ふくらはぎは引き締まっており、バランスのいい体つき。下着はブリーフ派のようだ。 (天使っていうより……こうして見ると、幼さが残ってるな。ケツの弾力はいい、可愛いっちゃ可愛いが今思うと、俺の許容範囲じゃねえな……)  自分とは違う生き方をしてきた素直で純粋な青年と、泥をかぶって生きてきたような自分を比べてしまい、ラスヴァンは心の中で距離をとってしまった。  そんなことを考えていたとき、ジェイスが桶を手に外へ出ようとしていた。 「……どこへ行く?」  ベッドの端に腰をかけたラスヴァンが問いかける。 「水、汲んでくるだけ。じっとしてろって、背中、開きかけてんだから」 「……わかりやすく口悪くなったな」  ラスヴァンが笑みを浮かべると、ジェイスは頬を膨らませて呟く。 「ぅ……しょーがないだろ。ばあちゃんに似たんだ」  近くの井戸から水を汲んできたジェイスは、改めてラスヴァンの背中に視線を向けた。 「そろそろ、着替えと包帯変えた方がいいな。汗でベタベタしてるし」 「そうか……悪いな」 「服脱ご。そう、腕あげて……」  ラスヴァンは言われたとおり素直に動くが、肩を動かすたび、傷がわずかに疼く。 「大丈夫? 薬草も多めに貼っとくな」  ジェイスは包帯を巻くため、ラスヴァンの背中側に回り込んだり、椅子に腰かけたラスヴァンの足と足の間を行き来する。息遣いを感じるほど距離が近かった。 「これ、大きめだからラスヴァンに合うと思う。あげるよ」  タンスから取り出した黒いシャツを、ジェイスがそっと差し出す。  それはジェイスと同じ匂いがする、甘くて優しい香りのシャツだった。  シャツを渡した瞬間、ジェイスの柔らかい指がラスヴァンの指に触れた。 (っ………なんかビリッとした……)  ジェイスは指を素早くひっこめたあと、触れ合った指先を眺めてさする。視線を上げてラスヴァンを見つめると、  ごつごつした骨格。上半身裸の男らしい体つき。  それを意識した瞬間、ジェイスの顔がぱっと赤くなる。  そのジェイスの表情の変化を、ラスヴァンは見逃さなかった。 「……どうした?」 「っ……な、なんでもない。じっとして」  ジェイスの声が少し低くなり、ぶっきらぼうな口調で誤魔化すように言った。  正面からジェイスがシャツを羽織らせようと、ラスヴァンの腕から肩、首にかけて流れるように手を伸ばしたその時―――  視線を感じ、ジェイスは顔を上げる。  自分より背が高い顔が、じっと見つめていた。  真っ黒な黒い瞳が少し揺れている。  胸がドクンと強く鼓動を打つ。  無表情でも、笑ってもいない。ただ静かに、真っ直ぐに。 「……ラ、ラスヴァン?」  顔が次第に熱くなるのを感じる。  ラスヴァンのことを意識しないように、「目を外さなくちゃ」と思ったが動けなかった。  そして――  ラスヴァンの顔が、少し傾いてすっと近づいてきた。 「……んっ」  唇が、重なる。  やわらかくて、あたたかくて。  ほんの一瞬のキスだった。けれど── 「…………っ!?」  ジェイスは目を見開き、顔が熱に染まり真っ赤になる。 「……な、なんで……」  ジェイスは唇を抑える手が震えるが、ラスヴァンは、きょとんとした顔でつぶやく。 「……悪い。無意識だった」 「え……む、無意識って、そんな……」 「まあ……そう騒ぐな。初めてじゃあるまいし」  自分の戸惑いをごまかすように、頭を掻きながら、ラスヴァンがからかうように言えば── 「ぅ……///」  ジェイスは真っ赤な顔で、シャツで口元を隠し、目を逸らした。肩が小さく震えている。 「……あ……悪かった。間違いなく俺が悪い。すまなかった」  ラスヴァンがジェイスの腕を引こうとしたそのとき── 「……ぅ、いい……っ、ふ、ふりょいってくる///」  ジェイスはダダダダダッと走り出し、桶を持って外にある風呂へと向かって行った。 「………まじか」  ラスヴァンは思わずベッドに座りこんで頭を抱えた。  早熟だった彼は、自分がゲイであることにも、早くに気づいていた。経験もそれなりに多い。  だからキスひとつを重く考えたことはなかったが―― (……初めて、悪かったって思った……) ―――  湯気がもくもくと立ち込める風呂釜の小屋。  そこへそっと近づいたラスヴァンが、ドアの向こうへ声をかけた。 「タオル、忘れてったろ。ここに置いとく……」  様子を見に来たことを少し後悔しながら、素早く背を向けようとしたとき── 「……ラスヴァン……入る?」  ガラ、とドアが開いた。  一瞬“まっぱ”を想像したラスヴァンの目に映ったのは、Tシャツにズボンをたくし上げたジェイスの姿だった。 「ジェイ……」 「ずっと風呂入ってなかったし、気持ち悪いだろ? 俺、洗うよ」  言葉は素っ気なく、目線は合わず、顔は耳の先まで真っ赤だった。  開き直った強がり──そんな風にも見えた。 「……そうだな、たのむ」 「……うん……」  ラスヴァンは、ここで引いたら一生後悔するような気がして、勢いよく服を脱ぎ出した。  シャツ、ズボン、そして一気に下着まで── 「あわ!! ちょ、ちょっと待って! そ、そういうのは予告してっ///」  ジェイスが手で顔を覆い、悲鳴のような声を上げる。 「……なぜ?」  ヴォルクは男性の人口が多く、男社会で育ったラスヴァンには、その感覚がいまひとつ理解できなかった。 「なんでもだっ!///」  そんなやり取りを経て、ラスヴァンは湯船へと身体を沈めた。  背中に泡をのせ、ジェイスがそっと撫でるように洗い始める。 「痛いとこない? ──あ、ここ赤いな……痛い?」 「……ん、少しだけ」 「無理して我慢すんなって……」  湯気が立ち上る中、ジェイスの指がタオル越しにやさしく肌を滑る。すぐ背後から、彼の息遣いがふわりとかかる距離。  ラスヴァンは目を閉じた。  胸筋の付いた胸を洗い、脇腹も、タオルで優しく洗われる。隅々まで丁寧に洗ってくれるジェイスの優しい手が気持ちよくて。  風呂は心地よい時間だった。  思わずさっき触れた、柔らかく心地よいジェイスの唇を思い出す。  そのとき、ジェイスの指が、腹筋の下にすべり込んだ。 「……よし、じゃあ下腹も――あっ」  ラスヴァンの硬く大きいモノが、ジェイスの指に当たった。 「………………」 「………………」  風呂の湯気よりも、熱い沈黙が落ちた。 「………なんで……///」 「……ん?」  ジェイスの声が震え、指が止まる。  ラスヴァンは目を開けて、自分の変化にやっと気づく。 「………………………」 「あぁ……無意識だった……ここはおさまってから洗ってくれればいい」 「っ洗わないよっ!バカァ!///」  バシャアアアアアアアッ!!!  ジェイスがラスヴァンの頭から湯をぶちまけ、頭から湯気を出しながら風呂場を飛び出していった。 「………くそ、どうすりゃいいんだ」  湯に打たれながら、置いていかれたうまく距離が測れない不器用な男は、自分をかき乱す金髪の青年を思いながら、みなぎってしまった己の衝動をどうにか鎮めようとしていた。

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