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【過去編】 3.重ねた手のひらと文字

 ラスヴァンは、怪我が癒えるまでジェイスの家で世話になることになった。  ――というより、強く引き留められたのだった。 「だめですよ、宿屋なんて、全部自分でやらなきゃいけないじゃないですか! 怪我してるのにぃ!」  自分より圧倒的に力の強いラスヴァンの腕に巻きつき、ずるずる引きずられながらも、ジェイスは必死に止める。 「ここに居座ったら迷惑だろー……イッ」 「ほら! まだ痛いんだってば! 早く寝て!」  こうして、昼はベッドで療養し、夜は“ジェイス先生”に字を習う生活が始まった。 ――― 「はい、これ、『基本の文字を書いた表』です。これを見ながら練習すれば、ある程度の読み書きはできるようになりますよ」  紙には、丸っこい文字で、たくさんの字が並んでいた。 「……これ、作ってくれたのか?」 「はいっ。これを見ながら、一緒にがんばりましょう!」  ラスヴァンは無言で、ジェイスがくれた表を見つめる。  それを見て、ジェイスは少しそわそわしながら、 「……あ、あと、紙がないときは、こうやって手に書いて練習しても覚えやすいですよ。オレも小さい頃やってました」 「……!?」  ジェイスはラスヴァンの大きな手をそっと取り、自分の手の上にのせる。  そしてその指先で、“ラ”“ス”“ヴァ”“ン”と一文字ずつ書いてみせた。 (柔らかくて白い手だ……触れてるだけで、なんか……落ち着く)  くすぐったく可愛い感触に、一瞬、その手を包み込みたくなった――けれど。 「どうですか? わかりにくくないですか?」  ジェイスの不安そうな顔がのぞきこみ、ラスヴァンははっとして正気に戻った。 「……おまえ、教師に向いてるな」 「えっ? そ、そうですか!?」  ジェイスが照れながら答えると── 「“そうですか”じゃなくて、“そうか?”くらいでいいんじゃねえか?」  ラスヴァンが髪をかきながら提案する。 「えっ……」 「敬語、やめろ。……なんか、くすぐったい」  ジェイスは一瞬きょとんとしたあと、ぽわっと頬を赤く染めた。 「……わ、わかった。じゃあ……ラスヴァン」 「おう」 「……あ、でも、“さん”は……」 「いらねぇ。“ラスヴァン”でいい」 「……ラスヴァン」 「……ジェイス」  照れ笑いを浮かべながら、ふたりは顔を見合わせる。  そこには、ふたりがいままで感じたことのない、少し甘く、あたたかな空気が流れていた。

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