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【過去編】 10.おパンツツンパと神父様
(…じゃあ、あれはただの噂で、ラスヴァンの好きな相手はいないってことなのかなぁ…良かった。)
ジェイスは、相変わらず少しずれた考え方をしていたが、
(ジェイスの好きな相手がミハイルじゃないとすると、身近な中では、あとは……)
ラスヴァンは目を見開き、顎に手を当てる。
(まさか……。
だが、ジェイスの気持ちを確認しないことには……。いや、それを確認したところで、俺は気持ちを伝えられない。今は……)
ラスヴァンは、答えに近づいていたが、動けなかった。
お金もない、地位もない、家もない。
ジェイスを好きになっちゃいけない気がしていたのは、自分が何も持っていないから。
ジェイスが眩しく見えて、近づいちゃいけないような気がしていたから。
気になる問いではあったが、考えても今は堂々巡りになるだけだった。
下着屋のドアをくぐると、二人はまずは買い物に集中しようと、お互いに、いったん考えるのをやめた。
―――
「ラスヴァン、どっちがオレに似合うかな?」
「!」
ジェイスが手に持っていたのは、おじさんが履くような緑の縦縞のトランクスと、黒いブリーフ。
ジェイスは少しだけ、センスが芋ダサかった。
ラスヴァンはそれを見たあと目を細め、指をさし滑らせながら二つの商品を通り過ぎる。
そして、ジェイスの横に掛かっていた『メンズ下着! 新作!』とポップが描かれた、真っ白なフリフリのレースの下着を指差した。
「これが一番似合う」
「なっ! もう、そういうのはもういいんだってば!」
「……もう?」
「あっ……///」
このお店の商品は、店主の可愛い物好きのおばさんが作った品で、ジェイスは幼い頃から可愛い下着をプレゼントされていた。
思春期に入ってからは、熱烈なプレゼントを断り、なんとか白ブリーフに移行したジェイスだった。
その話をラスヴァンにしたとき、彼は興味深げに聞いていた。
「……可愛い物は嫌いか?」
「き、嫌いじゃないけど……この歳になったら恥ずかしいし。可愛い動物とかは好きだけど……
でも下着とかフリルとかより、やっぱり男らしいのが欲しいというか……」
耳の先を赤くしながら、しどろもどろに話すジェイスの言葉を、ラスヴァンは茶化すことなく真面目に聞いていた。
ジェイスの今日の目標は、ラスヴァンみたいな“カッコイイパンツ”を買うことだった。
「それなら……これなんかどうだ?」
見本として飾られていたのは、白と黒のショート丈のボクサーパンツ。
左側に、小さくひよこの刺繍が入っていた。ひよこはこの下着店のロゴマークだ。
「あ……いいかも!」
ぱあっ、とジェイスの顔が明るくなる。
黒だとラスヴァンとかぶってしまうし、洗濯のことを考えて白い方を選んだ。
レジで縫い物をしていた店主のおばさんに持っていくと、とても喜んでくれた。
ラスヴァンも無言で黒を手に取り、レジへと向かっていた。
その後ろ姿を見て、ジェイスはお揃いだと気づき、少しお尻のあたりがむずむずした。
―――
下着店を出たあと、二人は「ぶらつこうか」と話していると——
「ふざけんな! バカタレ!」
「お願いします! ミハイル様!」
馴染みのあるミハイルの荒々しい声と、もう一人のよく通る綺麗な声の悲痛な叫びが町に響きわたる。
ただ事ではない様子に、二人は顔を見合わせた。
「……温厚なミハイルがどうしたんだろう?」
「行ってみるか……」
声のする方向に駆け寄ると、小さな教会の前で、ミハイルと、黒髪のロングヘアを一本に縛り、黒い神父の服を着た男性が大声で話し合っていた。
「あ、あの人たぶん、王都から新しく来るって噂されてた神父さんだ……」
「王都!?」
鍛冶屋の爺さんの話を思い出し、ラスヴァンは背負ったリュックの紐を握りしめた。
王都の情報は、今の彼にとって無視できないものだった。
「ミハイル、どうしたの? 神父様も……っ!?」
ジェイスが神父の顔を見て驚いた。
天から降りてきた天使かと思うほどの容姿端麗な顔が、美しい涙で濡れていたからだった。
「え、え、どうしたんですか?」
ハンカチを取り出して神父に渡すと、彼はおじぎをして、それを涙に添えた。
「ミハイル様に王都からこちらの教会まで送っていただいたのですが……お財布を忘れてしまって……ですが、ミハイル様は取りに戻るのは難しいと……」
ヨヨヨと、弱々しく壁に寄りかかる神父。
「えぇ……ミハイル……」
「悪魔にでも心を売り渡したのか?」
ジェイスが非難の目を向け、ラスヴァンは面白がって言う。
「っ……あのなぁ、こいつの外見に騙されるなよ! 王都ってのは行くのに片道3日かかるんだ!」
座り込んで泣き出してしまった神父を横目に、ジェイスが口を出す。
「ミハイル、どうしたの? いつもは優しいのにそんな言い方……
確かに大変だと思うけど……噂だと馬で行けば、もう少し早く着くって聞いたし。
町で馬と馬車があるの、ミハイルだけだし。もう一回行ってあげてもいいんじゃ……」
不貞腐れた態度のミハイルに、神父をかばって熱弁するジェイス。
教会の横に馬二頭と素朴な馬車を見つけ、ラスヴァンは喜んでいた。
「ジェイス、あのな……確かに馬をぶっ飛ばせば2日で着く。だが俺はそれを、すでに三往復してるんだ……」
「……………え?」
思わぬミハイルの言葉に、ジェイスは固まった。
「1回目、大切な本を忘れて戻る。
2回目、ブーツを履き忘れて戻る。
3回目、ズボンを履き忘れて戻る……合計何日になる?」
「え、ええと……じゅ、12日?」
「そう、せいかーい! やってられるかー!」
ミハイルがやけくそ気味に叫んだあと、ジェイスの頭をわしゃわしゃ撫でる。
ラスヴァンは馬を撫でながら、自分に慣れさせていた。
「言われてみれば、最近ミハイル見かけないなって思った……」
「そう、流石の俺も疲れ果てたぜ……髭も伸び放題……」
「本当だ……言われてみれば、モジャモジャ」
「ぷっ……モジャモジャてっ」
思わぬところで神父が吹き出し、ミハイルの怒りが沸騰した。
「おまえーー王都にぶん投げて送り返すぞ!!!」
「ひゃあーーごめんなさい! もうしないですー!!」
ミハイルが両手で神父を持ち上げて、ぶん投げようとする。
「わー! ミハイル落ち着いてー! 一応神父様だからぁ!!」
ヒヒーン!
ラスヴァンは木でできた馬車に乗り込み、楽しそうに王都へ行くのを夢見ていた。
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