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【過去編】 12.クッキーにわらうものはクッキーに泣く

「ま、魔法!」  ジェイスが思わず叫ぶ。この世界で魔法を使用できる人物は非常に稀で、遺伝子や血は関係なく、突然特別な人物にだけ現れると言われている。  昔から存在する稀な体質、という程度の理解しかなく、魔法使いの研究は謎に包まれていた。そうした者たちは王都や特別な施設に集められている。 「なんでこんな田舎に……」  ミハイルが不思議そうに頬を撫で、その頬をジェイスも撫でる。ラスヴァンは面白くなさそうにそれを見ていた。 「お医者様が、もうかなりのご高齢だと聞きました。私は癒しの力も持っているので、皆様を助けるために導かれてきたのです」  神父がにっこりと笑った後、ジェイスの顔を見る。 「私では彼に近づけないようなので……ヒヨコのような男の子、こちらへ来てください」  神父はジェイスを優しく自分の方へ招く。 「え……オ、オレ?なんですか?」  一応成人ですと言いたかったが、ジェイスは黙っておずおずと近づいた。  神父の前に立つと、細く見えていた神父は、自分よりしっかりした骨格であり、身長も五センチほど高かったことに驚く。 「貴方に力を授けます。ポッケに入ったクッキーと交換で」 「え!?クッキーなんて入ってたっけな……ゴソゴソ……あ、あった!けど……何日前の物かわからないし、けっこう砕けてます……こんな物、神父様に差し上げるわけには……」 「かまいません!ください!」  神父は口からじゅるりとヨダレをたらした。 「…あ…はぃ……」  ジェイスが渡すと、神父はクッキーをポケットにささっと入れ、ジェイスの両頬をもにょっと触った。  同時にラスヴァンが殺意を持って神父に飛びかかろうとしたのを、ミハイルが取り押さえる。  「あなたは魔力を持っていません。ですが、大切な人たちを守れるように、一時的に私の魔法の力を授けましょう」 「え……まほう?」 「はい……目を瞑って、大事な相手を考えていてください」 「…は、い」  ジェイスは素直に瞼を閉じ、頭の中に大切な存在を思い浮かべた。 (ばあちゃん……ミハイル……町のみんな……あと……ラスヴァン)  ジェイスが思考している間、神父は呪文を唱えながら、親指でジェイスの両頬に何かを書いているように動かす。 「くひゅっ……く、くすぐったいです」 「はい、もういいですよー」  ぐぎゅるるるううう……  今までで最大の腹の虫が鳴り、一呼吸した後、神父はベンチに座り込む。  ジェイスが目をパチクリと開けると、ラスヴァンとミハイルがジェイスを覗き込んでいた。 「オレ…何か変わった?」 「…何も」 「なんにも変わらねえな。いつものジェイスだ」  ミハイルが髭を触りながらジェイスを見て、ラスヴァンは頬に優しく触れる。 「痛いところはないか?」 「う、うん、大丈夫。ただちょっとほっぺが暖かいかも」 「頬が……??」  ぷにぷにと、柔らかいジェイスの頬を撫で、変なところがないかと確認するラスヴァン。 「くすぐったいよぉ……ラスヴァン///」  ジェイスは嬉しそうに顔を赤らめた。 「そこ!ちちくりあってないで、ヒヨコ君は怪我している彼の背中にほっぺを当ててください」  神父はさっきもらったクッキーを貪り食いながら、荒い呼吸をしていた。 「ええっ!?ほっぺって??」  バッ!  ラスヴァンがすごい勢いで、背中のTシャツを自分でめくる。 「ジェイス……よくわからないが頼む」 「ラスヴァン……」  流れについていけないミハイルが見守る中、ジェイスは、ラスヴァンの背中の傷に、優しく片頬をくっつけた。  ぺちょ。  その途端、ジェイスの両頬に丸い魔法陣のような模様が浮き上がり、ラスヴァンの背中に緑色の光が広がる。傷がみるみる肌に溶け込むようにふさがっていき、酷かった傷跡までもが無くなってしまった。 「ラ、ラスヴァン、大丈夫!?」 「おい、何ともないか?」  今まで見たこともない光景に、ジェイスとミハイルは心配そうにラスヴァンの顔を伺う。 「あ、あぁ……背中があたたかさに包まれたと思ったら、なんだか今はすごく体調が良い」 (ジェイスの頬の感触も柔らかくて気持ちよくて) 「……オレがラスヴァンの傷を……?」 「そうです、治したんですよ」  傷が無くなった背中にそおっと触れていると、神父が言葉をつなげる。 「授けた力は三日くらいしか持たないですが、今のヒヨコ君なら、気持ちが通い合った仲の方なら誰でも治すことができますよ」  神父はクッキーの破片がくっついた口元で、優しく微笑んだ。 「ありがとうございます……こんな素敵な力を……」  自分は何の役にも立てないと思っていた。だが、ラスヴァンの傷を治すことができたことをジェイスは心から喜んだ。 「ラスヴァン……傷、治って良かったね」  ジェイスは目に涙を溜めてラスヴァンを見つめたが、 「……ん、そ、うだな……」  何故かラスヴァンがぎこちない。 「大丈夫?まだどこか痛い?」 「いや、お陰で何ともない……ただ……可愛いんだが、この頬はこのままで大丈夫なのか?」  ラスヴァンはジェイスの頬を優しく心配そうに撫でた。 「え?……ほ、頬って、オレのほっぺどうなってるの?」  ミハイルが、祭壇の横にある大きな鏡を指差す。少し堪え笑いをしているのが気になった。  ジェイスが慌てて鏡に駆け寄り、自分の顔を見てみると。 「あ、あああ!何これ、なんでこんなことにっ!?」  ジェイスの両頬には、黒い線で渦巻き状のミニ魔法陣が描かれていて、そこから緑の光がペカーと出ていた。 「うわあああ!し、神父様、この魔法はほっぺじゃなければいけないのでしょうか?恥ずかしすぎるー!」 「べつに、掌でも、ケツっぺたでも大丈夫ですよ」  ラスヴァンが「じゃあケツぺたにー」と言おうとしたが、ミハイルに阻止された。 「あああ、じゃあ、掌にしていただけないでしょうか?」  ジェイスが掌を神父に差し出すが、 「だめです。一度描いたら三日は消えません」  ペシッと手のひらを軽く叩かれてしまう。 「えええええっ!三日間このままー!」 「しかも、この回復魔法は……」  ぐぎゅるるううう……  くるるるるぅ……  大きな腹の虫に小さな腹の虫が続く。 「力を使うと……お腹空きますよ」  神父は空腹でパタッとベンチに倒れ込み。  ジェイスは強い空腹を感じ、その場にへたり込んだ。

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