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【過去編】 17.ドアブレイク•神父
時は——真夜中。
ブルルルゥ……。
馬は異変に素早く気づき、馬小屋の奥へ引っ込んだ。
木こり小屋の小さな窓からは、暖かな光がもれており、その家の主人がまだ就寝していないことがわかる。
「いい豆だから、眠れなくなっちまうかな〜」
ミハイルは、王都で少し奮発して購入した特別なコーヒー豆をあけていた。
ミルに豆を入れる。横には、お茶請けにとジェイスが作って届けてくれたマフィン。
少し夜更かしをして、図書館から借りていた本を読んで過ごそうとした、その時——
ドゴォンッ!! ガラガラガシャァン!!
ドアが吹っ飛び、ミルからこぼれたコーヒーの粉が部屋中に撒き散らされる。巨体のミハイルは二メートルほどぶっ飛び、顔面からソファに着地した。
「なんだ!? 何が起こった!!」
ミハイルはがばっ!と慌てて起き上がり、周囲を見回す。
パキ パキ パキッ……
小屋には冷気が舞い、地面は凍りつき、ヒュルルル……と小さな竜巻が古びた床の近くで回転していた。
「ほほう、夜中にマフィンとコーヒーとは、いいご身分ですね」
髪がメデューサのようになった神父は、床に落ちていたマフィンを拾い上げ、ムシャリと口に入れた。
「こちとら、貴方からいただいた生芋ばかりをガリガリガリガリ食べて、二週間過ごしているというのに……」
苛立ちが目に見える神父に、ミハイルは息をのんでから問いかける。
「……生芋!? …………料理しなかったのか?」
ミハイルの言葉に、神父の髪型が一瞬しゅんとしなびる。
「………」
「………」
「私が料理できると思ってるのですか!!」
ピッシャーーーン!!!
またメデューサにもどり、神父が腕を振り上げると、家の中に小さな稲妻が走った。
「うおおおっ! お前、魔法で八つ当たりはやめろおお!」
ミハイルは慌ててソファの後ろに隠れ、大きな身体を丸める。
「そう……八つ当たりです。
お財布があれば……王都に取りに行ければ、私だって美味しいご飯やマフィンを食べて、今頃田舎でゆっくり穏やかな神父暮らしをしていたんです!」
両手を広げて語り出す神父。語るに落ちていた。
「だから、ラスヴァンがまだ馬の準備できてないんだって、お前だってわかるだろ神父なんだから」
「わかりました……次、その髭燃やします」
神父の手のひらに炎の玉が浮かび上がる。
「やめろおっ! 俺のアイデンティティッ!!」
目潰しで止めようかとミハイルは思ったが、神父の瞳は光のない漆黒の黒さで、もはや神父というより悪魔に近い状態だった。
(このやろう、生芋生活で狂いだしてやがる……仕方ねえ)
「……わかった、王都へ向かう。だが、荷造りのために二日くれ」
「二日……? これ以上、私が待てると……?」
髪が逆立ち、部屋の上空には小さな黒雲が湧き出し、強い光と音がピシィッ!と放たれ始める。
「落ち着け! ジェイスだって菓子とか作るはず。準備が必要だ! そのマフィンも美味いだろ!?」
「……仕方ないですね。待つのは二日だけですよ」
「ああ、わかったよ」
(ジェイス……大切なお前を売っちまった俺を許してくれ……)
ミハイルは飛び散ったコーヒー豆を集めながら、涙をほろりと流した。
* * *
二日後。
ミハイルとラスヴァンは、一頭の馬に最低限の荷物を積んでいた。ラスヴァン、ジェイス、神父だけでは心配で、ミハイルもついていく予定だった。
しかし、二日前の出来事で馬が一頭怯えてしまい、もう一頭の馬に最低限の荷物を積み、歩いて王都へ向かうことになった。
「そうか……だからドアがぶっ壊れてるのか……」
馬の背中に荷物をロープで括りつけながら、ラスヴァンが言う。
「ああ……このことはジェイスに言わないでくれよ……怯えさせたくねえし……俺がジェイスを利用したなんて知られたくねえ……」
ミハイルはしょんぼりと髭を撫でながら言うが、
「ペラペラペラ……」
「えーっ! そんなことあったの!?」
ラスヴァンは、さっきのミハイルの話を軽くジェイスに話してしまっていた。
「あ、の、や、ろ、うっ!」
その光景を見て、ミハイルは拳を握りしめる。
「あれー? マフィンじゃなくて、マドレーヌですか?」
(ギクッ)
神父の声に、小さくビクつくミハイル。ジェイスのショルダーバッグには、山のように用意されたマドレーヌとクッキー。菓子の匂いに釣られて、神父がジェイスにまとわりついてくる。
「まあ、いいや。出発前にひとつください!」
「だめです!!」
ジェイスは手のひらを神父に向け、拒否の姿勢をとった。
「神父様、ミハイルのこといじめたでしょ! 仲良くできない人にはあげません!」
「ギクッ……そ、そんな〜……こちとらずっと生芋生活で、ヒヨコ君のお菓子だけを喜びとして、二日間生きてきたのに……」
ジェイスの言葉からか、空腹からか、しおしおと座り込んでしまった神父。その言葉を聞いたジェイスも、自分のお菓子の力が必要とされていることに悪い気はしなかった。ジェイスは神父の横に座り込む。
「はい、マドレーヌ差し上げます。だからミハイルと仲直りしてくださいね。みんなで仲良く旅に出ましょう」
「……はい!」
ワシッとマドレーヌを鷲掴みにし、わっしわっしと頬袋に詰めながら、神父はミハイルに向かって謝った。
「ぽあぷっぽばひへすびまべん、あかおぐやりまほう!!」
「ああ、そうだな……何言ってるか一切わからんが、仲良くやってこうや」
ガシッ!!
二人は熱い握手を交わした。
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