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【過去編】 18.嗅覚と誓い
18.嗅覚と誓い
※注意。糞がでてきます。
「王都への道はわりと厳しい!
俺たちは仲間だ!
お互いが助け合っていく! わかったか!
そこ、ちゃんと聞いてるのか!?」
ミハイルが険しい顔で叫んだその横で──
「このクッキー、ラベンダーの香りがしますね」
「あ、そうなんですよ、今回はちょっと冒険して練り込んでみたんですよ〜」
敷物を広げ、クッキーと紅茶を食べてキャイキャイと盛り上がる神父とジェイスに、ミハイルの怒声は軽やかにスルーされていた。
「……おい、そこピクニックじゃねえんだぞ……」
ミハイルは旅に出る前から疲れていた。
「ミハイルちょっと待って、神父さん何も食べないできたんだって。サンドウィッチも作ってきたから、良かったら食べてくださいね〜」
「ヒヨコ君は優しいですねぇ」
わざとらしく鼻をすすり、泣き真似をする神父。
「ラスヴァンも紅茶飲む?」
「………ん」
(…飲むけども)
置き物のように、大人しくジェイスの隣にぴたりとくっついているラスヴァン。
出発の日だというのに、このゆるさ。
果たして本当に、彼らは王都までたどり着けるのか。
―――
ともあれ、坂になってる森が開けた道を歩きだし、無事に王都に向けて出発した四人と一頭。
ラスヴァンとジェイスが横に並んで先頭を歩き、神父は馬に乗り、その手綱をミハイルがひいて歩いている。
「オレ旅はじめてだ…ばあちゃんに王都で会えるかな…」
「手紙出したって言ってなかったか?」
少し寂しそうに言うジェイスに、ラスヴァンは心配そうに顔を覗き込む。
「うん、でもなんか『イケジジイ見つけて都会のババアと取り合ってる』って言ってたから、忙しいかも」
「そうか…縁があれば会えるだろ」
「うん…そうだね」
(俺が男の人好きになったって、言ったらばあちゃんどう思うかなぁ…)
ジェイスは横を見る。優しく微笑むラスヴァンの笑顔。
『幸せだな』って思って、本当はまた手を繋ぎたかったけど、他のみんながいるから我慢した。
―――
「立札?」
ラスヴァンが、立て札を読む。
「さ、ん、ぞ、く、ちゅ、う、い」
文字を手で一文字ずつ撫でながら読んでいく。
「ラスヴァン読めるようになってきたねーすごーい! かっこいー!」
パチパチと手を叩き笑顔で褒めるジェイス。頭をかきながら照れるラスヴァン。
「ジェイスの教え方がいいからだ…」
「そんな、ラスヴァンが努力家だから…」
二人の距離は自然と近くなり、ラスヴァンがジェイスの腰に手を回そうとした時──
「はい、そこちちくり合わない!」
神父の手が二人の間に入り、距離は一定の間隔に引き離された。
「ぅ…///」
「チッ」
ジェイスは頬を赤くして、ラスヴァンは小さく舌打ちをした。
「…本当に出るんですか、山賊?」
「んー俺は出くわしたことないけどな。これだけ戦力がいれば大丈夫だろ」
神父とミハイルの会話はどこか緊張感がない。そんな一行は、のんびり歩いていく。
「……ん?……くんくん……雨の臭いがする、降るかもな」
ラスヴァンが空を見上げて、鼻を小さく動かす。
「わかるの?」
「多少なら…」
ジェイスも上を向いてくんくんとラスヴァンの真似をしていた時だった。
急にラスヴァンの身体が、ジェイスに抱きついてきて、身体が横に倒れそうになる。
「危ねえっ!!」
ピュンッ!!
ヒヒーーーン!!
ラスヴァンが大声を上げ、ジェイスを庇うようにその身体を抱き寄せ、二人はそのまま土の地面に倒れ込んだ。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう。ラスヴァンは?」
「俺も大丈夫だ」
ラスヴァンはジェイスの身体を起こし、服についた土を払ってやる。
「どうしたんですか?」
神父が周囲を見渡す。
ミハイルは、興奮した馬をなだめ、みんな無事なのを確認した後、道の片側の木に刺さった矢を引き抜く。
「……矢が飛んできた。一本細いのが……こりゃ、手作りだな。こんなのじゃ貫通できなくて、浅く刺さる程度だぜ」
木肌が裂ける音がして、そこに紫と緑の液体がじわっとにじんでいる事に気付き、矢尻の穴に塗り込んである液体を見つける。
「それ、触らないでっ!」
ラスヴァンに支えられるように立っていたジェイスが、震えながらもミハイルの方に向かい、矢を受け取り、矢尻についた紫と緑の混ざった液体をよく見つめる。
「コナシビレっていう植物で作った麻痺毒だよ。多分、人間なら半日ほど動けなくなる…」
「さすが花や植物を扱ってるだけあるな」
ミハイルが感心を持って言うと──
「小さい頃、色々な花や植物をすり潰して舐めて遊んで、何度も運ばれては、ばあちゃんに怒られてたんだ」
「…ジェイスも、色々やべえ事やってたんだな…」
『えへへ』とジェイスは照れながら笑ったが、ミハイルはジェイスのやんちゃすぎる面を知り、若干引いていた。
「本当にいたんですね、山賊……。馬車じゃ会うことはないですけどね」
「ああ……」
ミハイルと話しながら、神父は黒い手袋を外し、手のひらに描かれた魔法陣をあらわにした。
もう一方の手には、魔法石がついた綺麗な装飾を施された、細長い丸い盾を持っていた。
ラスヴァンは、ジェイスの手から矢を受け取り、羽根の匂いを嗅ぐ。
「さて……戦うか、無視するか、どっちに──」
「ふざけやがってっっ!!」
ラスヴァンは、矢を真っ二つに折った。
そして太ももに装備していたサバイバルナイフを抜き、矢が飛んできた森の方へ素早く走り出す。
「ラスヴァッーー!!」
「おい、危ねえっ!!」
「ジェイスを頼むっ!!」
呼び止めるミハイルとジェイスの叫びを背に、ラスヴァンは姿勢を低く構えて森の中を進んでいく。
その姿は、さながら獣のようだった。
ザザザッ ザザザザッ──
「うわ、あいつヤバい! こっち向かってくるっす。なんでっすか!?」
「……チッ。恐らく、匂いで気づきやがったな……」
ラスヴァンが野獣のように嗅ぎ回りながら森の中を進んでくる仕草に、山賊の一人は気づいていた。
「ここは引くぞ」
「あきらめるっすか?」
「今は戦う準備をしてねえ。
あいつらの一人を弱らせて、注意力が落ちたところを狙って荷物だけ盗って去る作戦だった」
森の木々に潜んでいた二人の装備は、手作りの弓と、麻袋に穴を開けただけのものを頭から被っているだけの格好だった。
「まさか矢が当たらねえとは思わねえからな……これじゃ隙を突くことすらできねえ」
麻袋から覗く黒い目の男が、相棒を鋭く睨みつけた。
「お、おれが悪いんじゃないっすよぉ! あいつらがおかしいんすよ!今まで矢が外れたことなかったっすよ! ねっ!?」
「……まあ、いい。……また機会を待つ。今は去る準備をしろ」
川沿いにしゃがみ込んだ山賊たちは、鼻をつまみながら、鹿の糞を互いの身体に押し付け合う。
「おえっ……本当にやるとは思わなかったっす……」
「やるんだよ。あんなバケモン鼻がいる限り、強い匂いで誤魔化さねえと逃げきれねえ。俺だって嫌になるぜ……」
「川に入ってもダメっすか?」
「ダメだ。もし犬並みの嗅覚なら追ってくる……」
山賊たちは、周囲の木々にも鹿の糞をくっつけていく。
自分たちの匂いを鹿の糞の臭いに紛れさせ、森の奥深くへと姿を消していった。
———
「くそっ……どっち行きやがった!」
鼻先に漂うのは、湿った鹿の糞の匂い。
複数箇所に塗りつけられていて、混乱を誘っていた。
「……横から変な臭い……混ぜやがって」
ラスヴァンは鼻をひくつかせ、木々の匂いを一つひとつ嗅ぐが、奴らの臭いは完全に掻き消されていた。
「……くそ、追えねえ」
バキィッ!!
八つ当たりに、ナイフで木の枝をへし折る。
(あいつら……ジェイスを狙いやがった……
絶対許さねえ……)
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