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【過去編】 19.「一緒に寝よ」と言われた夜

ザザッ。 「逃した……多分二人組だ……」  森の木をかき分けながら、ラスヴァンが呟きつつ仲間のもとへ戻ってきた。  怒りに燃えていたラスヴァンだったが──  ジェイスが勢いよく、その胸に飛び込んできた。 「ラスヴァンのバカ! なんで危ないことするの!」  ぎゅうっと強く抱きしめるジェイス。  その細い腕に、ラスヴァンもそっと腰へと手を回した。 「……泣いてるのか?」  ジェイスが鼻をすすりながらラスヴァンの顔を見上げると── 「!?」  そこには、これまで見たことのないような、だらしない微笑みを浮かべるラスヴァンの顔があった。  無理もない。  孤児として、誰にも愛されずに育ったこの命を、こんなにも心配してくれる相手がいる──  それが、最愛のジェイスなのだから。 「も〜っ! ラスヴァンのバカ! バカバカ! 本当に心配したんだからねっ!」  ジェイスはその胸をポコポコと拳で、わりと本気で叩いてみたが、  ラスヴァンはただ、ほこほこと笑っていて、 「悪かった。もうしない」  と、それだけを言うのだった。  ゴッ!! 「ん? なんだ、どうした?」  以前は効いたはずのグーパンを顎にお見舞いしたが──パンチはちゃんと当たった。  それでも、ラスヴァンは平然と笑みを浮かべたまま、効いた様子はかけらもなかった。 「……頭きた!」  その腕からするりと抜け出すと、ジェイスはミハイルの方を見て──  手のひらをぴたっと合わせて言った。 「ミハイル! 筋トレ教えて! ラスヴァンに一発入れて効くくらいになりたいから!」  ミハイルは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑いだす。 「ははっ、そうだな。あいつは危なっかしいから、時に殴ってでも止めてくれる奴が必要だ」 「うん!」  ジェイスの瞳には、メラメラと燃えるような決意の炎。 「……き、筋トレなら、俺が教える……」  と、ラスヴァンがおずおずと申し出るが── 「いらない!」  と、ジェイスはぷいっとそっぽを向き、ほっぺをぷくっと膨らませるのだった。 ――― 「……でも、手は繋ぐんだな」  ミハイルがクスクスとからかうように言う。  たしかに、ジェイスの手はラスヴァンの指をぎゅっと握ったままだ。 「これは繋いでるんじゃなくて、捕まえてるの! また危ないことしないように!」  ジェイスはちょっと強気な口調でそう言った。  でも、耳はほんのり赤くなっていて──ラスヴァンは相変わらず嬉しそうに笑っていた。  それを見ていたミハイルと神父は、つい顔を見合わせてくすりと笑う。 「ちちくりあってるって注意しないのか?」  ミハイルが神父に言う。 「あそこまで純粋だと、逆に見ていてほんわかしますから……」  神父はくすりと笑いながら、二人を見守るのだった。 ──神父一行の王都への旅は、まだ始まったばかりだ。 ―――  山賊のこともあったので、夕方には宿に着いた四名と一匹。   「っんぅうん……はあ、はあ……んっ、ふぅうん!」 (今まで……俺は筋トレをこんなにエロく感じたことはない。)  二人部屋。隅っこに二つのベッドがそれぞれ並べられていて、  真ん中の空いている場所でジェイスがミハイルに腕立て伏せの筋トレを習っていた。 「うぅ……ふぇっ……もうだめぇえっーー」 「あと一回だ! ほら、ラスヴァンのニヤけた情けない顔を思い出せ!」 「うぅうーーっんん!」 「よし、二十回よくできた」 「はあ……へはぁ……やったぁ……」 「………………」  ラスヴァンはベッドに座りながら、微妙な顔でジェイスを眺めた。  ジェイスが腕立て伏せの余韻で肩を上下させる。 「ふううっ……っまた……っ、がんばるぅ……」 「おう、上出来だ。あとは汗ふいて寝るんだな。俺は風呂入ってくる」  バスタオルを肩にかけて、ミハイルが部屋を出ていくと──  部屋の中には、ジェイスとラスヴァン、二人きりの沈黙が残った。 「んぅ……ふぅ……」  ジェイスがふらふらになって、ベッドの端に座り込む。  ラスヴァンは黙って立ち上がり、ベッドを下りるとジェイスのすぐ前にしゃがんだ。 「……ジェイス」 「……ふぇ?」  少し上がったTシャツの裾から、汗ばんだ腹部がちらりと見える。 「ん……?」  ジェイスが振り返ると、ラスヴァンは頭を下げ、汗の通った跡に舌を這わせていた。 「ぴゃあっ!?」  ジェイスの体がビクッと震えた。 「ッラ、ラスヴァン……?」  ラスヴァンは衝動的に動いてしまい、すぐに後悔した。しょぼんとうつむく。 「……すまん」  ジェイスはしばらく、ぽかんとした顔でラスヴァンを見ていたが、やがてふにゃりと笑った。 「……あのね……オレ、筋トレして疲れてるし、よくわかってないけど」 「……」  ジェイスがラスヴァンの髪を優しく撫でる。 「でも、ラスヴァンに触られるの、いやじゃないよ?」 「……っ……」  ジェイスの優しさに、ラスヴァンの胸がきゅうぅと締め付けられる。 「だから……お風呂でたら、一緒に寝よ」 「………………え?」  ジェイスが疲れてよろよろと風呂に向かっている間、ラスヴァンは固まっていた。 (え?………一緒に寝るって………??) 頭の中ではジェイスの言葉がぐるぐる巡っていた。  素早くお風呂に入ってきたジェイス。ミルク石けんの甘く優しい匂いがする。  ジェイスが短パン姿で前を横切り、白い柔らかそうな太ももが目の前をちらつく。 (…………ごきゅりっ)  ラスヴァンは思わず喉を鳴らす。 (……“一緒に寝る”って……そういう意味か?)  急展開に意味がわからず、ラスヴァンは言われたとおり待ち続けていた。 「ラスヴァンおいで」  ジェイスはベッドの奥に入り、布団をめくり、空いてる部分をポンポンと叩いた。 「ほら、頭こっち。腕まくらしてあげるから」  ジェイスは少し瞼を閉じて眠たそうにしながらも、ラスヴァンを招き入れ、ラスヴァンは戸惑いながらも恐る恐る、そっと布団の隙間に身を滑り込ませた。  ジェイスの細い腕に頭を預けると、ジェイスはその頭を抱きしめ、優しくラスヴァンの髪に軽いキスをした。 「おやすみ……ラスヴァン」  耳元に、ぽやんとした眠たげな声。  しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてくる。  ラスヴァンは身動きひとつできず、天井を見つめながら、 「……今、殺されるよりきつい……」  と、つぶやいた。

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