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【過去編】 21. 洞窟で雨宿りの夜の「ありがとう」

 雨がひどくなってきて、四人と一頭は、ちょうど道の先が洞窟になっていたので、駆け込むように入った。  ラスヴァンとジェイスが馬を拭き、ミハイルは神父を安定した場所に降ろすと、洞窟の奥まで様子を見に行き、戻ってくる。 「奥の広い場所にモンスターがいた。そんなに強そうじゃないが、数がいるから今日はここら辺で休んだ方がよさそうだ」 「ここら辺」とは洞窟の入り口部分で、少し広くなっていた場所のことだ。  しかし、成人男性四人と馬一頭では、やや狭めな状況である。 「うん……みんな疲れてそうだしね」 「……ん」  ジェイスがラスヴァンの髪をワシワシ拭きながら答え、ラスヴァンもそれに賛同する。  ラスヴァンは、洞窟にある小さな石で囲いを作った。ジェイスはリーヴェルを出発してから、少しずつ拾ってきた枝と、ふわふわした枯れ草、火打石をショルダーバッグから出してラスヴァンに渡す。 「……このふわふわの草、そんなに火つくの?」 「ああ。こいつがないと難しい……」 「火も気難しいんだね……ちょっと、ラスヴァンみたい」 「…………」  ジェイスがラスヴァンを見ると、ラスヴァンは小さく笑っていた。  ほわほわの草に火打石を近づけ火を灯す。その後、細い木の枝の上に写し、徐々に太い枝を足していく。  ボワァッ パチ パチ  火が安定して、気持ちの良い暖かさが肌に伝わってくると、同時にラスヴァンが雨で濡れた服を脱ぎ出し、ジェイスは少し視線を逸らしながら言う。 「神父様、傷みますね」 「はい……お願いします。ヒヨコ君の薬草のおかげで、痛みはかなり抑えられています」 「えっ、それなら良かった……」  ジェイスは照れながら薬草を用意し、神父は引き裂かれていたローブを脱いだ。  神父の集中回復のおかげか、脱臼していた腕はほとんど元通りになっており、小さな傷も塞がっていた。  だが、薬草を貼った腕の傷口をよく見ると、肌が裂けたような傷痕は、まだ赤く残っていた。  ジェイスは黙って、薬草を貼り直す。 (くそ……距離が近い……ッ)  そんな神父とジェイスを、ラスヴァンは馬をブラッシングしながら、背中越しにチラチラ見ていた。  ミハイルはそんな風に嫉妬で燃えているラスヴァンを「しょうがねえやつだ」と見て、気を紛らわせるために声をかけた。 「ラスヴァン、非常食とか持ってきたか?」  ミハイルの問いに、ラスヴァンは一瞬への字口をしたが、 「……魚ならある」  そう言って、リュックから紙に包んだ物を取り出し、ミハイルの前にポイっと投げた。 「おお、サカナのジャーキー! そういえば湖で捕まえてたな、ありがてえ!」  ミハイルは自分が持ってきた木の実とナッツを出して、魚と一緒にみんなの前に分けて置いていく。 「二人ともありがとう。ラスヴァンは家で干してたよね」  ジェイスが嬉しそうに話しかけると、ラスヴァンも嬉しそうに背筋を伸ばし、「うんうん」と頷いた。 「ミハイルさんも、ラスヴァン君も、感謝します。お菓子も底をついていたので助かります」  神父がジェイスから預かっていた、お菓子がたくさん入っていた巾着袋は、もう空になっていた。 「ああ、気にするな……」  ラスヴァンは、愛想はなかったが照れながら返した。  そんなふたりを見ていたジェイスが、何かを思い出したようにハッ! とした顔をした。  神父の傷の手当てが終わると、ラスヴァンの方へ四つん這いで近づき、小声で言う。 「ラスヴァン、神父さんに崖から助けてもらった時、お礼伝えた?」 「……………」  一度ジェイスの目を見た後に、目を泳がして視線を外し黙りこくるラスヴァン。 「……命の恩人だから言ったほうがいいかも……」  ジェイスがラスヴァンの顔を、水色の綺麗な瞳で真っ直ぐに見つめてくる。 「…時間も経ってるし、言いづらい……」  ラスヴァンは頭を掻きながら考える。  普段は自然な流れで感謝を伝えることはできるが、時間が経っていたし、身内だと照れが生まれてしまう。  しかし、少し考えた後、ラスヴァンはスクッと立ち上がり、壁に肩を引き摺りながら、少しずつ神父にニジリニジリと近づいていく。  そんな不器用なラスヴァンに、ジェイスは思わず吹き出した。  ツンツン 「……ん?」  神父は一本に結った髪が引っ張られた気がして後ろを振り向くと、ラスヴァンが膝をついてしゃがみ込み、眉間に力を入れながら睨みつけていた。 「え……どうしたんですか?……魚ならもう食べちゃいましたよ?」 「…ちがうッ……」  ラスヴァンは歯を食いしばって、拳を握りしめている。 「ええ? じゃあ、ナッツとか!? 半分こしますか?」  ガッッ!!  ラスヴァンは床の岩を殴った。 「え?……あ、ナッツ全部欲しい!?……まさか、怒ってる……?」  神父の想像が斜め上を突っ走っていくので、ラスヴァンは息を吐いて一呼吸で言う。 「違うッ……さっき、ありがとう……」  言うだけ言うと、ピュッと早足でジェイスの元に戻り、「ラスヴァンがんばったね」と褒められていた。  そんなラスヴァンを見た神父は。 「なんだ……かわいいところあるじゃないですか」  父性のある笑顔で微笑んだ。 ―――  焚き火の灯りは温かく、柔らかく。  見つめていると、雨で落ちたみんなの気持ちを、そっと安定させてくれた。  枝と枝を紐でY字にしてロープを張り、下を石で安定させて物干しロープを作り、服を乾かすことにした。  ミハイルとラスヴァンはパンツ一丁で、神父はローブの下のズボンだけを脱ぎ、上はそのままローブ姿だった。  ジェイスはというと―― 「脱がないと風邪引くぞ」  ミハイルが呆れ口調で、まだ服を全て着ているジェイスに言う。 「わかってるよぉ〜」  ジェイスが濡れたシャツを渋々脱ごうとすると、ラスヴァンが手伝おうとして、シャツを摘み上げる。 「ラスヴァン、いいってばぁ///」 「………っ!」  ジェイスが恥ずかしさから睨み顔で言うと、ラスヴァンはいじけて壁に背を預けて膝を抱えていた。 「……すぐ乾くかな……」  パンツ一丁になったジェイスは、火を見つめながらつぶやく。 「すぐには無理だ……寝て起きれば乾いてる」  ジェイスの後ろから、いじけたような低い声が聞こえる。  そんなラスヴァンを見て、ジェイスは「もうっ」と呟きながら、自分のショルダーバッグに入っている毛布を持ってきて、ラスヴァンの頭からかぶせて身体に巻きつけてあげる。 「風邪ひいちゃうよ」 「ジェイス!」 「あ……ラスヴァン、あったかいね」  ジェイスがラスヴァンの肩に触れ、 「……こっち来い」  毛布の中にジェイスを包み入れ、ジェイスはラスヴァンにもたれかかり、二人で温まった。 (ジェイスもあたたかい……)  ラスヴァンはジェイスの寝相に今日も眠れないかと思ったが、雨や崖事件もあって疲れていたのか、ジェイスは丸まって大人しく寝ていて、しばらくすると二人の寝息が毛布から聞こえてきた。 「ブエクッショッ!!」 「はいほふへふか?」  ナッツを噛みながら、神父がミハイルを心配する。 「あぁ……大丈夫だ……ズズッ」  鼻を赤くしながらすすり上げるミハイル。  それを見て、神父がカバンから大きめのタオルを取り出す。  パサッ 「風邪ひきますよ」  神父はミハイルの肩にもふもふのタオルをかけてあげた。 「お、おお……悪いな、いいのか?」 「使わないんで、使ってください。では私も寝ますね」  ほとんど乾いた様子の神父ローブにくるまり、神父はすぐに寝息を立てて寝てしまう。 「え……ああ…………」 (……いつの間にか火の番になってるな……寝そびれた)  なんだかんだ言いながらも、しっかり火の番をしていたミハイルだったが、しだいに暖かさで瞼が重くなってきた。  その為、  洞窟の奥から、魚の匂いに釣られたやつらが近づいてくるのに気づくのが、遅れた――

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