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【過去編】22.モンスター来襲

シイィ シイィ シイィィ―― 「ん………」  変な音がして、ミハイルが目をこすりながら重たい瞼を開く。 「っな!! なんじゃこりゃ!?」  洞窟の入口付近――  グロウフラッターという蛾型モンスターが7匹ほど、荷物を漁っていた。  羽は透けるような薄い水色で、発光鱗粉が夜光石のように淡く光っている。頭は丸く、小さな触角があり、どこか不気味で幻想的だ。  よく見ると、ミハイルが先ほど洞窟の奥で見たモンスターだと気づく。  ただでさえ狭い場所に、蛾の群れが密集し、視界を遮っていた。 「おい、こら! やめろ、あっちいけ!!」  ミハイルがタオルで払おうとすると、モンスターが体当たりしてくる。  その羽の端がまるで刃物のように鋭く、スパッとミハイルの髭が削られた。 「……あーーー!! 俺のヒゲーーーッ!!!」  怒涛の絶叫に、みんな目を覚ました。 「グロウフラッターか……」  ラスヴァンが素早く起き上がり、サバイバルナイフを抜く。 「知ってるの? 強いモンスター?」  ジェイスは毛布を急いでたたみ、ショルダーバッグの中から――  ミニフライパンとミニ金槌を装備。  それを見て、ラスヴァンが二度見する。 「……それで何する気だ?」 「え、戦う準備だよっ!?」 「そうか……」 (俺が守ればいい……)  ラスヴァンは心の中で決意を固めると、飛びかかってきたグロウフラッターの胴体をシュパッと切り裂いた。  羽が切れた蛾は地に落ち、しばらくもがいた後、動かなくなる。 「雑魚だ。攻撃は、体当たりと羽の刃物で切りつけてくる。あと――」 「あと?」  ジェイスが聞いた、その瞬間―― 「ぶわあっ!なんだこれ粉っ!? ぶっぺぺぺ!! うあ!?め、目が見えねえ! 目があああああ!!」  背後からミハイルの雄叫びが響く。  彼は蛾を両手で左右に引き裂き、物理で真っ二つにした直後、強烈な発光鱗粉を浴びたのだ。 「……あんな風に、羽から強い発光鱗粉を一斉に放って視界を奪う。水で洗えば見えるようになる。ああなると、みっともないから気をつけろ」  ラスヴァンが、もがくミハイルを指差しながら、淡々と説明する。 「う、うん……」 (ミハイル大丈夫かな……) 「もし……倒すのがきつかったら、俺を頼れ」  ラスヴァンは少し照れながらジェイスに言うが――  ガンガンッ!! バッコンッ! バッコンッ!!!  凄まじい音が背後から聞こえて振り返ると、ジェイスがグロウフラッターをフライパンでぶっ叩いて倒していた。 「へへっ。羽、切らなくてもいけるみたいだね!」 「ジェイス……やるな……」  その真っ直ぐな笑顔に、ラスヴァンはまた惚れ直した。 ―――  場面は変わり、ミハイル側―― 「はぁっ、はぁっ……くそ、何も見えん。数も多すぎる……」  そんな余裕のないミハイルの頭に、ある人物のことがよぎる。 「神父! あいつ、大丈夫か!? 怪我してるのに……っ! 神父ーーーー!!」  バッシャアアアアアッ!!  叫んだその方向から、大量の水がミハイルの顔に浴びせられる。 「ぶばあああっ!?……あ、目が見える!」  視界が戻ると、そこには――  盾を左腕に装備し、壁に片手をつきながら、右手に魔法陣を展開している神父の姿。 「お前、大丈夫なのか、魔法使って?」 「大丈夫も糞も飯もありませんが……仲間、守らなきゃいけないでしょう」 「……おお。たまにはいい事言うな」 「飛ばされないように、気をつけてください」 「んあ?」  ミハイルが意味を理解する前に――  神父は魔法陣を洞窟の天井に向けて、詠唱を始めた。  モンスターは次々と湧き出し、もはやラスヴァンとジェイスが切ったり殴ったりするだけでは追いつかない。  神父は髪を振り乱し、微量に残る魔力を振り絞り――  巨大な竜巻を作り出した。 「おおおおお!!」  狭い洞窟内に、轟音と共に風が吹き荒れる。 「うわあぁ……!」  ジェイスが吹き飛ばされそうになったところを、ラスヴァンが抱きしめて壁に押しつけ、必死に踏ん張る。  馬も身を低くして、風が収まるのを待っていた。  ビュオオオオオオオオオオ!!!  グロウフラッターたちは羽を引き裂かれ、渦に巻き上げられていく。 「すげぇ……本当に全部倒しちまうな……」  バタンッ 「え?」  ミハイルが敵がいなくなり安心した、その瞬間。  神父がぐったりとその場に倒れた。 「おいっ!? 神父!!」  指示する主を失った風は、容赦なく、洞窟内の服・薪・荷物の一部まで巻き上げて――  洞窟の外へ吹き飛ばしていった。    数秒後――  風が止む。  静寂の中、岩壁に残ったのは、  隅に置いておいた荷物、モンスターの残骸、そして――  服が全部なくなった仲間たち。 「……あ?」  自分の体に残された布を見下ろすミハイル。  パンツ一丁。  ラスヴァンもパンツ一丁。  ジェイスは運良く、シャツとパンツだけは死守。  神父は、ボロボロの神父ローブ一枚。 「……」 「…………」 「……………どうする?」  全員、無言で頭を抱えた。   ―――    薄曇りの午後。山道を歩く一行。  前方から現れたのは、異様なオーラをまとった4人と一頭。  すれ違う旅人3人組は、道の中央で足を止める。  木々の間から現れたのは――  ヒゲが半分しかない逞しい男が、パンツ一丁で馬を引いて歩いてくる。  その後ろには、キリッとした顔立ちの青年も、無言でパンツ一丁。  シャツとパンツだけの爽やか青年は、なぜか微笑みながら歩いている。  馬の背には、ボロボロの神父服をまとった意識不明の男がうつ伏せで乗せられていた。 「おう、よう兄ちゃんたち。いい天気だな!」 「あ……はい……」  ミハイルが挨拶したあと、旅人たちの視線がじわじわと下着姿に集中する。  ジェイスの太ももに目がいった瞬間――  サバイバルナイフに手を添えるラスヴァン。 「ラスヴァン、大丈夫だよ」  ジェイスが落ち着かせるように声をかける。  旅人たちは何も言わず、そそくさとすれ違っていった。  すれ違った後、距離ができてから小声で言い合う。 「パンツ……だけで、あの迫力……」 「きっと……旅の上級者だ……」 「な、堂々としてれば大丈夫だったろ」 「そうかな〜……」 「ジェイスは、やっぱり俺の後ろに隠れとけ。……それか、フライパンで隠すとか……」  ラスヴァンが、ミニフライパンをジェイスの股間にあてがう。 「いや、余計目立つと思うよ、それ!」  ジェイスはパシッとラスヴァンの手を叩いた。   「……温泉に行きたいです」  馬の上でうつ伏せになっていた神父が、ぼそっと呟く。  髪はボサボサ、ローブはボロボロ、目はうつろで眠そうだ。 「おお、起きたか。大丈夫か?」 「温泉……?」  ジェイスが不思議そうに首をかしげる。 「……なんだか凄い効能のある温泉があるらしいです。昨日の宿の主人が言ってました……」  震える指で、湿った地図を指差す。そこには、微妙に道から外れた謎のマーク。 「でもお前、それ遠回りになるんじゃ――」  ミハイルが心配して言いかけたその時。 「温泉……おんせん……オンセン……ONSEN……」  『温泉』しか呟かない、めんどくさい物体と化す神父。 「……」 「神父様〜……」 「うるせっ、わかったよ! 行こう! ふたりとも、いいか?」  ミハイルが振り返り、ラスヴァンとジェイスを見る。 「ジェイスがいいなら……」 「え、オレはべつに大丈夫だけど……」 (温泉って初めてだけど……たしか浴衣とかいう服に着替えてお湯に入るんだよね?)  中途半端な知識と少しの不安を抱えながら、  パンツ一丁の彼らは、次なる目的地――温泉へと向かった。

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