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【過去編】24. 酔いどれの夜に
湯から上がり、宿の廊下を四人はリラックスしながら宿泊する部屋へと向かっていた。
「あ、そういや、ここ飯ないのか!」
六畳間の畳の部屋には、小さなちゃぶ台と、積み重なった布団が「自分で敷いてください」と言わんばかりに置かれていた。
「安いですしね、仕方ないでしょう」
神父が諦めたように、自分のへこんだお腹を触る。
ぐるるるぎゅるるぅ
いつものように神父の腹の虫かと思いきや、ラスヴァンの腹の音だったので、ジェイスが笑った。
「お腹減ったね」
「ん……」
「外に食べに行くか。いくつか食事処の看板を出していた店があった」
「賛成です!」
神父がよだれを垂らしていたので、宿を出て一番近くて賑わっていた大きな店で食べることにした。
―――
昼間は食事処、夜は居酒屋の店らしく、ワイワイと騒がしいが、温かい灯りと匂いに包まれた、どこか懐かしい雰囲気のある店だった。
店内に入ると、神父は男女問わず視線を集めていたが――
「食事をしにきただけです」
と、言い寄る客をすべて無視。
バイキング形式の料理がずらりと並んだ長いテーブルで、立ち食いしながら次々と料理を平らげていった。
―――
その頃ミハイルは、なぜかやたらとガタイのいい男たちに囲まれていた。
「アンタ、筋肉すごいな!!」
「飲めるのか!? 飲めるんだな!?」
「じゃあ勝負だ!!」
「おう、望むところだ! わるい、ちょっと行ってくるな!」
ミハイルはジェイスとラスヴァンに一言だけ告げて、筋肉もりもりの男たちの集いに飲みこまれていった。
酒の飲み比べが始まり、
「おおおおーッ!」
と、謎の野太い歓声が店内に響き渡る。
―――
ラスヴァンとジェイスはというと――
神父とミハイルから半径二メートルほど距離をとったカウンター席に座っていた。
「…オレ、お酒飲んだことないんだ…」
「…そうなのか?」
ジェイスは料理のメニューとお酒のメニューを見比べている。
「…うん……ラスヴァンはある?」
「ああ…酔わないけどな…」
「そうなんだぁ…」
ジェイスが酒のメニューをじっと見つめ出したので、ラスヴァンはその可愛らしさにくすりと笑い、
「飲んでみるか?」
と声をかけた。
「えええ、いいの? オレ迷惑かけちゃうかも…」
「気にするな、ジェイス一人くらい担いで帰ることはできる」
「あはは、そんなには酔わないと思うけどね」
軽食と、ラスヴァンは瓶のビールを、ジェイスは牛乳で作った甘いお酒を注文した。
―――
しばらくして――ジェイスは酔っていた。
初めて口にした小さなお酒の瓶の先を、ぺろりと舐めて──
「むひっ……あまぃい!」
にぱにぱと満足そうに笑うジェイスの横で、ラスヴァンはその可愛さに鼻血を噴き出しながらも、無言で瓶ビールをゴクゴクと煽る。
「武士の情けです」
通りすがりに大量のおかずを山盛りに載せた皿を運んできた神父が、ついでのように回復魔法でラスヴァンの鼻血を止めていく。
「……ぅ、ぁ?……ラシュバンは、のまなぁの?」
とろんとした表情で、いつにも増してぽやんとしたジェイス。
その姿を見るたび、ラスヴァンの鼻腔からは再び鮮血がほとばしった。
だが、彼には誓いがあった。
たとえ相手がどんなに最愛のジェイスであっても、酔っ払いには決して手を出さない。「シラフのときこそが本当の人格」だと、信じていたからだ。
「ラシュバン? どしたのぅ? のまなぃなら……ぁ、たべりゅ?」
ジェイスがふにゃっと笑いながら、小さなプロセスチーズを指でつまみ、ラスヴァンの唇の前に差し出す。
「………はぐ、もぐもぐ……」
「おぃちい?」
ジェイスが眉を八の字にして尋ねてくる。
「……ごくん……うまい……」
(指ごとしゃぶり尽くしてえ)
「よかったぁ///」
「それにしても……可愛すぎる。抱きたい。とろけたい…」
「ふぇ?」
思わず、ラスヴァンの本音が口からダダ漏れた。
「ん? ……んん? ラシュバン?///」
柔らかなキラキラした髪を撫でると、ジェイスがくすぐったそうに身をすくめる。
その反応すら、たまらなく愛おしい。
ラスヴァンは「酔っていてもジェイスの人格はジェイスかもしれない」と、考えを改めかけていた……そのとき。
「……こーんばんわっ」
やたらと胸元をはだけ、香水の匂いが強い男が近づいてきた。
「おにいさん、こっちの人でしょ? さっきからそんな子供みたいなの相手にしてないで、僕と飲まない?」
ラスヴァンのカウンターに乗せた手へ、その男がスルスルと指を絡めてきた──その瞬間。
ガッッ!!
「ッヒィッ!」
ラスヴァンのサバイバルナイフが、男の指の間に突き立ち、カウンターの板へ深くめり込んだ。
「次は刺す」
地獄の番犬のような、低く唸る声。
喉元を噛み千切らんとするような凄みに、男の顔から血の気が引いた。
「っっな、なんだよっ……!」
息の詰まったような捨て台詞を残し、ナンパ男は逃げていった。
「……ラシュバン……だいじょぅぶ……?」
ジェイスが潤んだ瞳をこちらに向けていた。八の字に歪んだ眉と、今にも涙をこぼしそうな表情。
「……怖かったか? ごめんな……」
ラスヴァンがそっと頭を撫でると、ジェイスは首元にぎゅっと抱きついた。
「らいじょぶ……ラシュバンが痛くなりゅのが怖かったぁ……」
(──あぁ、もう限界だ)
ガタンッ!
「にゅえ!?」
ラスヴァンがジェイスを勢いよく担ぎ上げ、食堂から退場。そのまま宿へと向かった。
―――
部屋に戻ると、ラスヴァンはジェイスを布団に優しく寝かせ、自分のTシャツを素早く脱ぐ。
ジェイスの柔らかな頬にキスを落としながら、口づけを深く重ねていく。
「ラシュバ……ん……ちゅ……」
彼の体をなぞるように、胸元から背中、腰、足先までさする。
「あ……ん……ふぁ……」
震えるジェイスの身体が、愛おしすぎて、もう止まれない。
バサッ。
「ふにぃっ」
シャツを脱がせ、顔、首筋、鎖骨、胸へとキスを落としていき、
ピンク色の小さな乳首をそっと唇で包み、転がすように舐めると──
「あ……ラシュバン……らめらよぉ」
小さな拒否の声が、頭の上から降ってきた。
「……だめか……?」
限界だったラスヴァンも、その言葉に肩を落とし、動きを止める。
「……らってぇ……おちちでないよぉ……おれぇ……」
涙を浮かべた純粋な瞳で、『乳は出ない』と告げてくるジェイス。
(──なんか純粋なジェイスを騙してる気がしてきた……)
ラスヴァンはそっとジェイスの身体を抱きしめた。
「……すまん、悪かった……」
「?? 震えてりゅの……?」
ジェイスが、不思議そうにラスヴァンの頭を抱きしめる。
その温もりが、痛いほど優しくて、
ラスヴァンは自分のしたことを静かに悔いた。
―――
―――次の日。
「うぅ……頭痛い……何も思い出せなぃ……」
ジェイスとラスヴァンは、宿の前にある切り株に座っていた。
「お水ゆっくり飲んでください」
「あ、ありがとうございます!」
神父が魔法陣から出した水を、竹筒の水筒に入れてジェイスに渡す。
「俺たちが帰ったら、もう二人とも布団にくるまって行儀良く寝てたからな。酒飲んでたなんて思わなかったぜ」
ミハイルが、馬に荷物を積みながら言う。
「うん…でも少ししか飲んでないよ、確か……ね、ラスヴァン」
「……………ああ」
ラスヴァンは下を向いて、目を瞑っている。
「でもね…なんかラスヴァンが優しかった気がするんだ」
(起きたら隣で寝てて嬉しかったし……)
ジェイスは幸せそうに笑っていた。
ラスヴァンは地面の上で正座していた。昨夜の己の行いを、深く反省するように──。
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