28 / 32
【過去編】26.若さと傷と、赤毛の出会い
しばらく歩いて、誰も話さない状態に耐えかねて、ミハイルが口を開いた。
「聞いていいものか迷ったが…神父でも結構、傷があるんだな。温泉の時、見えちまってなぁ。」
神父の身体には、いくつかの切り傷の跡があった。神父は落ち着いた口調で答える。
「昔、遠方の国の戦争に出てました。回復役が足りなくて。ミハイルさんも大きな傷があったようですが?」
ミハイルの背中には、大きな刺し傷の跡があった。
「あぁ…遠方だと内戦の国だろ?俺も前線に行った時に、子供を庇ってやられちまってなぁ。
何か役に立てないかと思って行ったが……戦いには向いてないと思ったよ。まだあの頃は十八歳だったしな。」
ミハイルが「歳をとったもんだ」と、しみじみ言いながら笑う。
「……十八歳の頃があったんですか。」
神父が真顔で聞く。
「あるに決まってるだろが、おまえ、俺をなんだと思ってるんだ!」
ミハイルがプンスカ怒るが、神父はスルーして一考する。
「というか、あの頃十八歳なら、今何歳なんですか?」
神父がミハイルの顔を見る。
「え、三十三歳だけど…」
「えええ!びっみょーーー!私より歳上だと思ってました。」
神父は、今まで見せたことがないくらいに表情筋を動かして驚いた。
「微妙ってなんだよ!まだまだ若々しいだろうが!」
ミハイルは大胸筋に力を入れて、神父に見せつけたあと、質問を返す。
「で、おまえは何歳なの?二十五歳から二十七歳くらいだろ?」
「四十歳ですが。」
即答した神父の答えに、ミハイルの叫びが響いた。
「ミハイルうるさいっ!!」
「うるせえ、バカ!!」
ジェイスとラスヴァンが耳を塞ぎながら、プンプン怒る。
「バ、バカって、おまえたちだって聞いたら驚くぞ!神父なんと四十歳!」
ミハイルが手の平で神父を示す。
ジェイスもラスヴァンも、一瞬情報を整理するために停止したが、
「えええ〜若い。すごい。お肌ツルツルだし、ばあちゃんが見たら羨ましがりそう〜!」
ジェイスがニコニコしながら話し、
「生き血でもすすってるのか?」
ラスヴァンは不気味なことを言いながら、あまり興味はなさそうだった。
そんな雑談をキャッキャッしながら、王都までの道を歩いていると――
「……あれ、どうしたんだろう?」
ジェイスがふと前方を指差す。
指差した先には、帽子を深く被った小さな少年が、足を押さえて道の真ん中にしゃがみ込んでいた。
「怪我でもしたのかな?」
ジェイスが駆け寄り、ラスヴァンがその後から着いてくる。
「おい、大丈夫か?」
ミハイルは手綱を離して少年に近づく。神父は馬に乗り、少し離れた位置から成り行きを見ていた。
少年は身じろぎしながら、
「大丈夫っす……みなさん、優しいっすね。」
ニコリと、そばかすのある顔で笑いながら、一番近くにいたジェイスの尻ポケットに入っているがま口財布に、手を素早く伸ばした――
だが、
パシッ
ラスヴァンが、いとも簡単に小枝のように細い腕を掴み、ギロリと睨みつけた。
「な、なんすか!?」
(デカッ、こいつ怖いっす…)
「………今……触ろうとしたろ。」
「……へ?」
ラスヴァンは、ジェイスの尻をチロッと見てから叫ぶ。
「俺だって、しばらくジェイスの尻触ってないんだぞ!!!」
そしてザックの手首を、ギリギリギリ……と強く掴んだ。ラスヴァンのいきりたった様子に、ザックは慌てて訂正しようとするが、
「痛いっ!違うっす、尻じゃなくて、財布を取ろうとしたっす!」
そのザックの言葉に、今度はミハイルが低音の声と怖い顔でにじり寄ってくる。
「……あ゛あ゛!?」
「あ!ああああ!違うっすぅ!!!」
ザックは慌てて訂正するが、もう遅い。
「ははは!こちとら、財布もないというのにねえ!何を取るというのかっ!」
神父は手を広げて、「お手上げ」というポーズをとっている。
「ずっと奢られている奴はだまっとけ!」
ミハイルが神父にキレた後、大きな手で少年を捕まえようとする。
「まだこんな小さいのに、スリなんかすんなっ!!」
「あわわっ!!」
説教にも似た口調でミハイルは怒りながら少年を捕まえようとする。
ザックは慌てて立ち上がり、横に素早く避けて間一髪逃れるが、また大きな手が襲いかかってくる。
ミハイルの手はザックの頭を掴んだが、スルリと避けられて、被っていた帽子だけを掴み取る。
帽子の下から現れたのは、太陽の光に照らされてきらめくオレンジ色の髪だった。
「……赤毛!?」
ザックの毛色を見たとたん、ミハイルの片眉が上がり、目が見開き、彼を追う動きが止まった。
ザックは体勢を崩しながらも持ち直し、遠くにある森めがけて走り出す。
「赤毛…オレ、はじめて見た!」
ジェイスが綺麗なものを見るように、少し喜んだ声をあげる。
赤毛はこの世界では、世界中の人口の1パーセントにも満たない、とても珍しい毛質だった。
「……………」
ミハイルは完全に無言になり、頭の中には、昔行った戦争の風景と、自分の腕の中に抱えた小さく暖かい命を思い出していた。
「追わなくていいんですか?あのまま放っておけば、またスリを繰り返すでしょう。子供ですし、保護した方がいいのでは?」
放心したような状態のミハイルの顔面の前で、手を振って、ミハイルの意識を引こうとすると、ミハイルが「ハッ!」とした表情をして、
「まてこら、いや……お前、そこの赤毛の少年、ちょっと待ちなさい!」
ミハイルは少し柔らかい口調になりながらも、大きな身体でザックの後をドスドスッと追いかけていった。
ともだちにシェアしよう!

