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【過去編】27.王都前の爆走劇
「私達も行きますかね」
と馬を走らせる神父。
「神父様、馬に乗れるんですね!知らなかった。」
ジェイスが一瞬、尊敬の眼差しで目をキラキラと輝かせるが、
「はい、止まり方を知りませんが。どうやって止まるんでしょーーーー!??」
「えええ!」
パカラ パカラ パカラ パカラッ
「あーーー止まらないーーー!!」
神父は、ザックをあっという間に追い越していった。
「な、んすかあの人? ハッ!それより、リトのとこまで逃げ切らないとヤバいっす!おれじゃ、あんな奴ら倒せないっす!」
ザックは、リトがいる森を目指した。
ミハイルはザックを追ったが、足の速さが違く、全然追いつかなかった。
―――
「……あっ!」
その頃のジェイスは、ズボンのポケットをパンパン叩きながら、あるものが無いことを確認した。
「どうした?やはり尻を触られ――」
「違う違う!オレのがま口財布、取られてる!」
すごい速度で遠ざかっていく赤毛の少年の手には、ちゃっかりジェイスのがま口財布が握られていた。
ジェイスは慌てて追いかけた。
「だめだよー!その財布はー!温泉卵あげるから返してー!」
ジェイスがぽてぽてとザックを追いかけだす。着ている浴衣が足にからみ、とても走りにくそうだ。
そんなジェイスを見て、
ラスヴァンは浴衣の裾を帯に引っ掛けると、草履で地を蹴り、獣のような速さで走り出した。
ズバババババーーーッ!!
空気が割れ、草がなぎ倒される勢いで、黒豹のごとき影が少年へと追い上げていく。
余裕で逃げ切れそうだと笑顔で振り向いたザックは、ラスヴァンがぐんぐん追いかけてくるのを見て、飛び上がって驚いた。
「うわっ、なんすか!あの怖い人めちゃ早っ!怖ああーーーっ!!」
王都に続く一本道は、いつの間にかかけっこ場へと変わっていた。
「リトー!リトー!助けてっす!浴衣の男たちに追いかけられる怖さ、わかるっすかーーー!助けてーーー!」
しかし、リトは木に登り、遠くから様子を見ていた。
「あいつ…人の個人情報さらしやがって…」
木の肌を指でパキリと剥がす。
「あわっ!」
ふくらはぎに浴衣がからみ、ジェイスはこけた。
「大丈夫か!?」
先へ走っていたラスヴァンが、ジェイスのところへ戻ってくる。ジェイスは震え、膝についた大きな傷を抱えながら言う。
「……財布のことだけじゃないんだ。あの子、まだあんなに小さいのにスリして……すごく痩せてたし、お腹減ってるかも。オレ、なにかしてあげられないかな……」
ジェイスは荒い呼吸をしながら、ラスヴァンに懸命に伝えた。
「……わかった、ジェイスはここで待ってろ。」
ラスヴァンは、ジェイスの髪を優しく撫でた。自分に話してくれたジェイスの気持ちに、全力で応えたかった。
ズザッ
ズバババババーーーー!!!
再度走り出したラスヴァンの速さは、さっきの比ではなかった。
前を走っていたミハイルを一瞬で追い越す。
「ラ、ラスヴァン!頼む、あいつを、保護してやってくれ…ゼエハア」
どうやら、今にも倒れそうな走り方をしているミハイルも、ジェイスと同じ気持ちらしく、あの赤髪の小僧を地下牢に送る気はないらしい。
ラスヴァンは、昔の辛いことを思い出していた。
灰色の町で、誰も信用できずに生きていた日々を。
(俺の幼いころに、そばにジェイスがいてくれたら、俺の人生は違ったかもしれない……
だが、今の俺はジェイスと一緒にいる……それで十分だ。)
ラスヴァンはジェイスの期待に応えたくて、渾身の走りを見せた。
それでも、ザックの足の速さには追いつけず、三メートルほど差が開いた。
「……くそっ…」
ラスヴァンは太もものホルダーからサバイバルナイフを抜いた。
足に投げて動きを止めようと考えていたが、
「だめーーー!ラスヴァン傷つけないでー!」
「頼む無傷でつかまえてくれー!!」
「!?」
後ろから追いかけてくる、ジェイスとミハイルの息苦しそうな声が聞こえてきて、ラスヴァンは仕方なくナイフをしまう。
そして、できるだけ近づいた後、ピタリと止まり――
履いていた草履を、浴衣の紐でぐるぐるに固く結びつける。
「はっ!やっと諦めたっすねー!ははは!よゆーす!」
余裕かましていたザックの小さい尻に、なげつけた。
ビュンッ!!
ラスヴァンの太い上腕二頭筋から投げられた草履球は、風を切るような速さで、ザックの小さい尻にぶち当たる。
バシイイインッ!!
「いったあああああーーーっっ!!!」
ザックは前のめりに倒れ、スザアアーー!!と胸から滑り込み、土埃をあげて倒れて止まった。
「うわあ……痛そう……大丈夫かな」
「ゼェハァ…ありゃ、無傷じゃねえんじゃねえか……」
ジェイスが思わず顔を手で覆い、ミハイルはドスドスと音を立てながらザックに近づいていく。
「…あぅぅ……痛いっす……」
ザックは倒れる時に胸を打ち、頬と肘、膝にも酷い擦り傷ができていた。
ジワァと涙が出てくるのを我慢しながら立ちあがろうとした時――
ドスッ!
「あ゛う゛っ!??」
背中にでかい何かが乗っかった。
服装が乱れ、下着一枚に浴衣を羽織っているだけのラスヴァンだった。
「手間とらせやがって。」
「ひぃっ…」
ラスヴァンが低い声で睨みを効かせると、まだ逃げようとしていた気持ちがすっかり縮こまってしまったようで、ザックの身体から完全に力が抜けた。
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