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【過去編】28.十五歳のきみ

木に引っかかっていた神父を助け、馬を落ち着かせて連れ戻した。疲れきっていた神父一行は、近くのキャンプ跡を見つけて休憩することにした。  ジェイスは神父に回復してもらった後、温泉地で販売していた野菜を使って、ポトフを作り、ザックにスプーンと一緒に手渡した。 「はい、熱いから気をつけてね」 「あ…ありがとぅ…」 (この金髪のにいちゃん、優しいっす…)  丸太に座り、猫舌のザックは何度も口でポトフをフーフーしてから食べる。 「はふっ…はふはふっ…おいしぃ…」  二日もろくに食べていなかったザックの腹に、優しい味が染み込んでいく。 「それなら良かった…」  そんなザックの小さい言葉をひろいあげ、ジェイスは優しく微笑む。  その笑顔に、ザックの胸はあたたかさが広がっていく。 (……おれ、地下牢に連れて行かれるんじゃないんすかね?)  不思議がっていると、横に神父が座った。 「食べ終わったら傷の治療をしましょう」  神父は横で、回復の準備のために温泉卵の殻をむいている。 (この人も変だけど…優しいっす…)  ミハイルは、珍しく落ち着かない様子でそわそわして、水が入った入れ物を持ちザックに渡した後、前にしゃがみこんだ。  そして、小首を傾げながら半トーン上がった高い声でザックに話しかけ始める。 「ゴホンッ……え〜とぉ、ザック君はぁ、何歳で何処からきたのかなぁ?」 「気持ち悪いぞおまえ」  間髪入れず、ラスヴァンがミハイルの口調にツッコミを入れる。 「いいじゃねえかよ〜俺だってたまには優しくしてえんだよ」  ザックは瞬きを何度かしながら、縮こまって返事をする。 「十五歳で…王都からきたっす…」 (この髭のおじさん優しいけど、様子がおかしいっす……ハッ! もしかしてショタコンなんじゃ……)  ザックも答えはしたが内心怯えていた。 「そうか…十五歳か……」 (歳はぴったりだが、年齢の割に身体が小さすぎる…あまり栄養をとれていなかったのか?)  ミハイルが顎髭に手を当てて真面目に考えている中、神父とジェイスはいつものミハイルではない様子に、 「ミハイル変じゃないですか?」 「やばいですよ」  と話し合っていた。  そのザワザワ落ち着かない周りの空気を感じ、ミハイルはしばらくじっと考えてから、両膝をパンっと叩いて再度口を開いた。 「ああ、もう、はっきり言うな! 俺は昔戦争に行った事があったんだ……そこでザック君によく似た、赤毛の赤ん坊を見つけて保護し、王都のフィレーナ孤児院に預けた。 今育っていれば君くらいの歳になっているはずなんだよ。」 「……え? な、何すかそれ……フィレーナは確かにおれが居た孤児院すけど……」  ザックがミハイルの思いがけない言葉に困惑し、驚き身体をのけぞると、  コトン  ザックの後ろポケットから、どこかで見たような木札が落ちた。  それを見て、眼を見開いて驚いたのはラスヴァンだった。静かに手を伸ばし木札を拾い、孤児の名前が書かれている部分を指でなぞる。 「間違いねえだろうな、この小僧で。孤児院の名前、赤毛、年齢が合う奴なんて中々いねえ…」  ラスヴァンは、いつもより低い声で話した後、『ザック』と書いてある木札をミハイルに投げる。 「…これは?」  木札を見て不思議そうな顔をするミハイルに、ザックは小さな声で話しだす。 「それは…王都のフィレーナ孤児院でもらったっす。名前が書いてあるから無くすなって……おれは字は読めないっすけど…」  ラスヴァンはザックのその言葉を聞き目を細め、ジェイスはそんなラスヴァンを見つめた。 「そうか……今もそこの孤児院にいるのか?」  ミハイルがさらに質問を続けた。 「今はいないっす。孤児院に馴染めなかった仲間とでてきて……お金が必要で、色々して暮らしてたっす。でも今はリトと2人で暮らしてるっす」  ザックは、俯きながらも、胸に秘めていた気持ちが溢れでるように、自分の思いを話し始めた。 「わかった、話してくれてありがとう……まさかこんな事になっているとは思わなかった」  ミハイルは、口を両手で覆って、一息ついてから言葉を続けた。 「俺はザック君を忘れた日はなかった。もっと早く俺が引き取りに来ていれば、君の人生も変わっていたかもしれないな。」 「!!」  ザックは、自分を「引き取る」と言った言葉に驚いて、ミハイルの顔をじっと見つめた。 「言い訳になるが……昔の俺はまだガキで負傷もしていた。その後も自分の暮らしをするだけで精一杯でなぁ……最近になってやっと余裕がでてきたんだ。」 「…………」  ザックはミハイルの話を一字一句漏らさずに聞いた。今まで誰からも言われたことがなかった言葉を。  ミハイルは一呼吸してから、顔を上げてまた話しだす。 「それで、随分遅くなっちまったが……今ザック君の居場所や、頼れる大人がいないなら、君さえよければ……」 「……な、んすか……?」  ザックの声が掠れる。 「……俺が君のママになろう!」  ミハイルはこれ以上ないくらい愛情を込め、潤んだ瞳で、大きな胸に手を当てて言った。 「…マ……!?」  ザックは眼を見開いて固まった。 ―――  一方森の中では 「あいつ何やってんだっ!?」  ザックの様子が見えなくなって、リトは森の中で同じ場所を歩き回っていた。  そんな時――― 「リトー!変態のおじさんがいるっすー!助けてーーっ!!」  ザックの悲痛な悲鳴が聞こえてきて、 「なっ!??」  リトはザックの声のする方へ飛び出して行った。

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