32 / 32
【過去編】30.山賊vs野獣のような男ー中盤
※今回は、シリアスです。
※この作品には戦闘・流血を含む暴力的な表現があります。苦手な方はご注意ください。
―――
「……野郎」
低い声で呟き、静かにキレるラスヴァン。
ラスヴァンはザックとリトの二人が揃い、臭いを嗅いで確信した。
この二人は、前にジェイスを矢で傷つけようとした山賊だ。
敵が小僧だったのは想定外だったが、ジェイスを傷つけ、侮辱したことは決して許せなかった。
太もものホルダーからサバイバルナイフを抜き、もう一本を腰のホルダーからも引き抜く。
「ラスヴァン、だめだよ! オレ、大丈夫だから――っ」
今までにない、肌にピリピリくる雰囲気に、ジェイスがラスヴァンの腕を掴んで止める。
だがラスヴァンは、今まで見せたことのない怒気を呑み込んだ、張りつめた無表情で、
ジェイスの頬を優しく撫でた。
「待っていてくれ」
と、だけ言って、リトがいる方向に向かう。
ジェイスは、そのラスヴァンの真剣な顔に、鼓動が跳ねるようなドキッとした感覚を覚え、掴んでいた手を離してしまう
「……チッ、やる気か……」
「あんな言い方、喧嘩売ってるようなもんすよ!
あの怖い人、逃げてもどこまでも追ってくるし、多分強いっすよ…」
「見りゃわかるわ、そんなの……」
リトはため息をつきながら、レザージャケットを脱ぎ肩にかける。
タンクトップ姿になり、ラスヴァンの方へ向かう。
「やってやるっすよ〜リト〜!」
ザックはリトの後ろでぴょんぴょん跳ねながら、リトを送り出す。
二人は、ある程度距離を空けて対峙した。
ラスヴァンの瞳が細められた瞬間、腕がしなやかに振り上がる。
サバイバルナイフが、リトの顔面めがけて閃光のように走った。
しかし――
リトはラスヴァンの顔にレザージャケットを投げつけた。
そのジャケットは、ちょうどラスヴァンの視界を一瞬塞ぐように舞い上がった。
「っーー!」
ラスヴァンはレザージャケットを跳ね除けたが、リトは前に出て、右手のナックルダスターで攻撃に出る。
――ギャリリリリィッ!!
ナックルダスターとサバイバルナイフがぶつかり合い、刃がトゲとトゲの間を滑りながら火花を散らした。
ギィッ……ギャリィィン!!
金属が擦れ合う甲高い悲鳴。
ラスヴァンは、サバイバルナイフ一本で手首を傾けながら、軌道を受け流していた。
ラスヴァンの顔は無表情――だが目は、静かに燃えていた。
リトも、薄く口角を吊り上げる。
その後、リトの拳がラスヴァンの鼻を狙い打ち込むが、ラスヴァンは後ろへ避けて回避する。
二人はしばらく至近距離で攻防を続けた。
「ラスヴァン君……あまり相手を傷つける戦いは好きじゃないようですね」
神父が冷静な声で言う。
「え?」
ジェイスが丸い目で神父を見た。
「攻撃の時、相手の身体にあたる直前、刃じゃなくて裏側を使ってるんですよ。柄の尻の部分で打ったりもしています」
神父が手をナイフと見立て、ジェイスに説明をする。
「あのバカ、あれじゃあやりにくかろう……」
ミハイルがため息をついて、戦いを見つめている。
「彼は戦いの修羅場も通ってきたようですが、恐らく、もうあまり人と戦う気はなく、今回はヒヨコ君を侮辱されたから、許せなかったのでしょう」
「……ラスヴァン」
ジェイスの目には涙がたまっていく。
「くそが、舐めやがって」
もちろん、リトもラスヴァンの戦い方に気づいていた。
二人の呼吸が、白く曇る。
静寂を破ったのは、またしても刃と拳の激突音――
ギインッ!!
衝撃が空気を震わせる。
(クソ、当たらねえっ!!)
「クソ野郎っ!!」
リトの打撃は、ラスヴァンにすべてサバイバルナイフで受け流されていた。
スピードではリトが速く、力はラスヴァンの方が強かったが、何より差があったのは戦闘経験の差だった。
怒声と共に、ラスヴァンの脚が唸る。
長くしなやかな足が弧を描き、リトのみぞおちを狙って振られる。
ブォッ! ガッ! バシュッ!!
乾いた音とともに風が裂ける。
ラスヴァンは回し蹴りをくりだし連続して、リトの喉、胸、下腹部を狙って蹴る。
リトはそのたび、咄嗟に腕で受け、地面を滑って回避した。
だが――防ぐので精一杯だった。
(クソ……この速さでこの威力……一撃でも当たればやばいっ!!)
ラスヴァンは、自分の脚の長さである“リーチ”がリトを上回っていることに気づいていた。
その優位を活かし、間合いを支配し始める。
ラスヴァンはすべて、リトの急所を狙っていた。
次の一撃――狙いはリトの膝だ。
足元を崩せば、流れは決まる。
しかしその瞬間――
リトの目が、ギラリと光った。
ラスヴァンの蹴り脚が振り抜かれた、その“瞬間”。
リトは草鞋を履いた足を――素手で掴んだ。
ガッッ!!
勢いのままに引き寄せ、狙いを定め、
ナックルダスターの“スパイク”が、ラスヴァンのふくらはぎへ勢いよくめり込む――
ガッ!!!
「……ぐッ!!」
ラスヴァンはよろけて、ふくらはぎから血が跳ねる。
リトの一撃は、動きを封じる場所を正確に狙っていた。
「ラスヴァン―――!!!」
ジェイスが駆けよろうとしたが、ミハイルに取り押さえられる。
この男二人の戦いに巻き込まれたら、一瞬で怪我をしてしまうからだ。
リトが優位に立ったように見えた、その瞬間だった。
ラスヴァンのふくらはぎから滴る赤い血が、乾いた地面にぽたりと落ちる。
周りには血の匂いがする。
その血が、リトの視界を揺らした。
(クソッ……まだ、治ってなかったか……っ)
リトの視界の端が歪み、呼吸が荒くなり、耳鳴りが酷くなる。
「やばいっすぅー! リト逃げるっすよー!!」
ジェイスたちから少し離れたところで、ザックが騒ぎだす。
「うるせえ…だまってろっ!!」
「でも〜リト、血液恐怖症なのに……」
ザックの通る声は、ラスヴァンとジェイスたちにもはっきりと届いた。
戦っている二人を避けながら、ジェイスはザックに近づいた。
「どういうこと?」
ジェイスがザックに詰め寄りながら問いかける。
「な!! 何こっち側に来てるんすか、あんた!」
「いいから、血液恐怖症ってどういうことか教えてっ!」
普段のジェイスとは思えないような気迫で、
ジェイスは答えを迫った。
「あぅぅ……リトは、血液恐怖症なんすぅ。
戦争孤児で、親の血を目の前で浴びたのがトラウマなんすよぉ……」
その声は――リトの耳には届かなかったが、
ラスヴァンにははっきりと聞こえていた。
(なるほど、そのせいで戦いを避けていたのか……)
ラスヴァンは、しばしリトを見つめ――
構えていたナイフを、ゆっくりと下ろした。
「………引くなら今のうちだ」
低く静かな声で伝える。
だが、対峙した時とはどこかちがう、柔らかさを含んだ静かな声だった。
ともだちにシェアしよう!

