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【過去編】40.少年たちの決意
※一時的に「死」を思わせる描写がありますが、ハッピーエンドです。
また、物語の都合上しばらくシリアスが続きますが、すぐにいつものおバカ展開に戻ります。
―――
「おい、今のうちにずらかるぞ」
リトは、混乱に乗じて神父たちの前から去ろうと、顎でザックに合図した……つもりだった。しかし、ザックは後を追ってこない。
「おい……?」
怪訝な顔でザックの方を見ると、ザックは岩陰で疲れて休んでいるジェイスやラスヴァン、助けた門番を介抱する神父やミハイルをじっと見つめていた。
「リト……俺たちも、さっきのジェイスにいちゃん達みたいなこと、できないっすかね。あの人を引っ張り出すの」
ザックは、まだスライムの中に囚われている門番を指差して言った。
「……は? 何言ってんだおまえ」
リトはいつものようにキレ気味に言ったが、ザックは珍しく動じなかった。
「それに、ミハイルは……おれの”ママ”になってくれるって言ったっす。変な言い方だったけど……ここで逃げたら、あんな人、おれの前にもう一生現れない気がするっす……」
シャツを握るザックの手は、小さく震えていた。
「………まあ、そうだろうな……」
(ママか……)
リトは遠い昔、孤児院でのことを思い出していた。
―――
幼い頃、孤児院で他の子供たちの輪に入れず、人付き合いも苦手だったリトは、誰も来ない部屋の隅で、一人で本を読んで過ごしていた。
そこに、よちよち歩きのザックが近づいてきて、リトの服を掴み、
「まぁま?」
と言った。
「……ばーかぁ! ママじゃねえよ」
そう返すと、ザックは驚いてべそをかいた。
けれど、次の瞬間には隣にぽてんと座った。
その日から―――二人はずっと一緒だった。
血のつながりはない。
それでも――二人は、確かに兄弟だった。
―――
「はぁ……くそったれが」
リトは胸に溜まった気持ちを吐き出すように言った。
「リト?」
ザックが俯いたリトの顔を覗き込む。
「やればいんだろ、やれば。ちゃっちゃと終わらすぞ!」
ぶっきらぼうに言い放ったリトの目には、強い決意が宿っていた。
その顔を見て、ザックは思わず笑顔になる。
「やったっす!」
ザックが喜びの踊りを踊っている間、リトは神父へ近づき、
「おい、あそこの門番の横を、さっきみたいに魔法で燃やしてくれ」
とスライムを指差した。しかし―――
「だめです。中に入るのは危険すぎます。許可できません」
神父は、二人がしようとしていることを素早く理解し、厳しい目で遮った。
「んもうっ! 許可とか言ってる場合じゃないっすよ! 門番の人、このままじゃとろけちゃうっすよ!」
ザックが拳を握りしめて言うが、神父は首を横に振る。
「神父、この人は安全なところに移動させていいのか?」
ミハイルが救出した門番を抱えながら尋ねる。
「はい、宿が兵士のために開放されていると思うので、お願いします」
「わかった!」
ミハイルは門兵隊長に尋ね、安全な場所を通り城の宿へ運んでいった。
神父は引き続き、門兵隊長と共に策を相談している。
「『許可できません!』って言われたっす。穴開けてくれないと助けられないじゃないっすか!」
ザックが神父の真似をしながら怒り、リトは口元に手を当てて考えた。
「待て……おまえの矢の尻に縄を付けて、スライムの中の門番の横に射れるか? 門番がロープを掴めば、この位置からでも引っ張り出せるかもしれねえ」
「おお! 誰に言ってるんすか、簡単っすよ!」
ザックは矢筒から一番丈夫な矢を取り出す。
リトは懐から、小さな手鏡を取り出し、日光を反射させて門番に合図を送った。
「なにしてるんすか?」
「おまえの矢が刺さっても、門番が気づかなきゃ意味ねえだろ。助けがいくぞって合図したんだ」
次にリトは頭上でロープを振って合図を送り、ザックも矢を高く掲げて門番の視線を引いた。
「よし、ザック、頼むぜ!」
「おっけぃ!」
ザックは真剣な顔で弓を構え―――
シュパッ!!
見事、門番の腕の近くに矢が刺さったが、スライムの粘度が濃く、刃先しか刺さらずズルズルと落ちそうになる。
「やばいっ!」
「落ちるっす!」
二人が焦ったその瞬間、門番が必死に刃先を掴み、縄を取り上げ、自分の腰へしっかり巻きつけた。
だが、スライムの粘液は、今にも門番の顔を覆おうとしていた。
「もうやばそうだ、引っ張るぞ!」
「あ、でも、ロープが滑ってうまく握れないっす!」
スライムの液状部分が縄を伝って落ちてきて、手が滑ってしまう。
「これじゃ引っ張れないっす!」
リトは舌打ちし、レザージャケットを脱ぐと、縄に巻きつけ滑り止めにした。
「それ、お気に入りの服なのに……いいんすか?」
「うるせえ! 今はそんなんどうでもいいだろ!俺を引っ張れ!」
「はいっす!」
ザックはリトの腰を全力で引っ張り、リトはジャケットを巻きつけた縄を掴む。
「うらああああっ!!」
「あいいいいーーっ!!」
二人の体重をかけて引っ張り、門番の肩まではなんとか引き出せた。
だが、そこからが動かない。
ロープはじわじわと引き戻されていく。
「くそ、これ以上……動かねえ……!」
リトの手が震え、ザックも息を切らしていた。
それでも、二人の力では――どうにもならなかった。
―――
そのとき―――
「…ぶが? ぶが?……お”? あ”あ”!!」
ヘドロスライムがリトとザックに気づき、突然暴れ出した。
「なんだ!? 何があった!?」
「わ、わからないっすー! でもこっち見てる、バレたっかも! ――うわっ!? 縄がひっぱられるっす!!」
ズルンッ!!!
スライムの粘液が一瞬緩んだ隙に、ロープがスルッと抜け、門番の身体がスライムの中から勢いよく吐き出された。
宙を舞い、そのまま真下に落ちかけたが、運良く近くの木の葉がクッションとなって草地へ転がった。
「……た、助かった……?」
小さく呻いた門番の声が、微かに聞こえた。
しかし、スライムの暴れ方は尋常ではなかった。
ドゴンッ!! バゴンッ!!
巨大な粘液の腕で、城壁のてっぺんにある出っ張った石の部分を、次々に殴り飛ばしていく。
叩かれた石はバラバラと砕け、音を立てながら地面へと落下していった。
「うわっ! 崩れるぞーっ!」
近くの兵士たちは、崩れてくる石を避けながら、慌てて走り回る。
―――
「なんかわからねえが、上手くいった! 俺たちも逃げるぞ!」
リトは夢中で走り出した。
珍しく、周囲への注意が欠けていた。
「リト危ない―――っ!!」
ザックの叫び声が響いた、その瞬間――
肩を強く押され、リトの身体は横へ吹っ飛ばされ、草地を転がった。
「―――痛ってえな、バカ!!」
振り返って文句を言おうとしたが―――
いつものザックはいなかった。
ザックは草の上に倒れ、赤く染まった瓦礫が覆いかぶさっている。
頭には血が流れ、動かない。
「………ザック?」
四つん這いのまま、震える手でザックの頬に触れる。
けれど、ザックは微動だにせず――返事も、息遣いも、何ひとつ返ってこない。
「おい……起きろよ……ザック……」
指先が血に濡れていく。
リトの視界は歪み、白く曇っていく。
あたりが、一気に冷え込む。
草の葉先が凍り、空気がキーンと鳴るような静寂に包まれ―――
「おれのせいだ……っ」
その言葉が、心からこぼれた瞬間だった。
「―――っっあああああああああああ!!!!」
リトの叫びが響いた直後、
パキパキバキバキイイイッッ!!
氷が一気に広がり、スライムの体がみるみる凍りついていく。
「……ギ……ィ……ィ……」
凍りゆくスライムの中から、低く濁ったうめき声が漏れた。
それは、まるで断末魔のようだった。
スライムの表面が凍りつき、粉を噴くように白く変化する。
その瞬間、ルベルナ王国は――リトの魔力によって、白い雪景色へと変わった。
ドサッ
リトは意識を失い後ろに倒れ、駆けつけた神父が腕で支えた。
「……この哀しくて強い魔力は……君のものだったんですね」
神父は白い息を吐きながら、リトの肌に触れては消える雪を見つめた。
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