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46.チューチューと、ジェイスの決意

 騒がしかった昼間もあっという間に過ぎ去り、空はオレンジと紫と青いグラデーションの中に、ポツリポツリと星が現れ出す。 (やっぱりラスヴァンに、どこに行くのか聞けばよかった……でも教えてくれないかも……)  ジェイスは浮かぬ顔で、教会本部の白い石で作られた、綺麗な廊下をぽてぽてと歩いていた。  すると―――  ガサッ。  中庭の花畑で何かが動いて、ジェイスは驚き後ろに飛び上がる。日が暮れて見えにくかったが、よく見ると、オレンジのボサボサ頭が小刻みに揺れていた。 「……ザック君?」  しかし、ザックは反応をしない。何をしているのか気になり、ジェイスはザックの背後に回る。 (あ……絵描いてるんだ…すごい集中力)  手作りのスケッチブックに、使い込んだ短くなったクレヨンの色を素早く取っ替えながら、ザックは一心不乱に絵を描いていた。 (…可愛いらしい絵だなぁ…なんか好きかも……)  ジェイスは思わず唇に手を当てて、見入ってしまった。一見荒く見えるが、色を何色も重ねたり、爪で引っ掻いたり、指でぼかしたりしていた。  絵の真ん中には、ジェイスでも知っている花ほどの大きさの、無害なモンスター“ガンコチューチュー”がいて、その周りには花が描かれていた。 「ハッ、クシュ!……っあ!」  冷え込んできて、ジェイスは思わずくしゃみをしてしまった。 「チューチューゥ!」 「っわ!びっくりしたっす!」  ガンコチューチューは、丸いピンクの顔にある小さな眉をキュッと寄せて目を吊り上がらせ、出っ張った細い唇で鳴いた後、小さな羽でピャッと逃げて行ってしまった。 「あぁ……ザック君、ごめんね。逃げちゃった…」  ジェイスが手を合わせて、顔をくしゃっとして謝ると、 「大丈夫すよ。チューチューはよく見るから、それにもう描き終わりだったす」  ザックはニカッと歯を出して笑った。ジェイスはザックの明るい笑顔にホッとした。 「そう、それなら良かった……。もうすぐ夕飯だから戻る?」 「うん!」  ザックはスケッチブックを閉じて、ジェイスと一緒にみんながいる部屋まで、並んで歩きだす。 「今日は珍しいっすね、ラスヴァン兄貴と一緒にいないなんて」 「え?」  ジェイスは、自分では感じたことのなかった事を言われて驚いた。 「そんなに、オレとラスヴァンて一緒にいるかな?」 「いるっすね、めちゃめちゃいつもくっついてるっす」  ザックは悪びれず言った。 「う…///」 (そうかぁ…周りから見るとそんな感じに見えるんだ///)  ジェイスは顔が赤くなった。 「今日は一緒にいないけど……なんかあったんすか?」  ザックの言葉にはほとんど裏表がなく、彼の頭に浮かんだことが、そのまま口から出てくるみたいだった。 「う、う〜ん、むしろ何もないかな」  ジェイスは自分で言ってて、胸がモヤとする。ザックはそんなジェイスを見てから、 「ラスヴァン兄貴になんか聞きたいことがあるなら、聞いたほうがいいかも。じゃないと、おれみたいに後悔するっす」  廊下の先を真っ直ぐな瞳で見つめるザック、ジェイスは気になって聞き返す。 「……何か後悔してるの?」  ジェイスの言葉に、真っ直ぐだったザックの瞳が揺れた。 「……リトが悩んでたの、俺ずっと気づいてた……でも嫌われるのが怖くて、何も聞けなかったっす」  ジェイスの胸に、ザックの言葉が痛いほど滲み込んできた。 「まさか魔法だと思わなかったけど……結局リトの役に立てなかったす……」  スケッチブックを持つ小さな手が震えていた。 「だ、大丈夫だよ……リト君はザック君がそばにいてくれた事で、その存在にずっと救われていたと思うよ」  ジェイスはオレンジの猫っ毛に手を伸ばし、優しく撫でながら言った。まるで、自分の心に語りかけるように。 「ぐずっ……ありがとぅ……なんか聞いてもらったら“ここ”がすぅっとしたっす」  ザックは自分の小さな胸に手を触れる。 「ううん…」 (こちらこそ、教えてくれてありがとう、ザック君)  ジェイスは柔らかく微笑んだ。 「あ、おれ、あそこで顔洗ってくるっす」 「うん」 (もしかしたら、さっき絵を描いてたのは、ザック君の心の表現の方法だったのかな…みんななにか抱えてるんだな……)  ザックが壁に付いている小さな噴水で顔を洗うのを見守りながら、ジェイスは決心していた。 (オレも、ラスヴァンに嫌われたくなくて、逃げていた気がする……きっとラスヴァンは何か悩みを隠してる)  ジェイスは、胸に手を置いて息を吐く。 (いつもラスヴァンが助けてくれる。帰ってきたらちゃんと向き合おう。それで、今度こそオレがラスヴァンを助けるんだ!) 「ラスヴァン早く帰ってきて…」  ジェイスは満点の星空を見ながら願った。 ―――  しかしその頃のラスヴァンは――― 「イーリファングゥ?聞いた事もねえよ」 「残念ながら、当店では牙宝石のお取り扱いはございません」 「誰かにからかわれたんじゃないんですかね〜こんな野獣の牙が大金になるなんて、あはは」  バンッ!!  ラスヴァンは宝石屋のカウンターをぶっ叩いた後、ドアを乱暴に開けて足早に外に出た。  ルベルナ王国にある宝石を扱う店はすべて当たったが、買い取ってくれる店どころか、牙宝石やイーリファングを知っている宝石商人すらおらず、すべて空振りに終わっていた。  近くにある大きな噴水の縁に座り、リュックから牙宝石を出して見つめる。 「なんで、誰も知らねえ、これを―――」  ラスヴァンは、満点の星空の下で、頭を抱え込んだ。 ―――  ラスヴァンは教会本部に夜遅く帰ってきた。 「おかえりラスヴァン!」 「……ああ、まだ起きてたのか」  ジェイスの頭をシャカシャカと撫でるラスヴァンの手は、いつもより力が無かった。 (ラスヴァン元気ない……話し合うのは無理かな……) 「もう寝るの?」  ラスヴァンの後ろをぽてぽて付いていきながら、ジェイスは話しかける。 「ああ、そうだな……寝られればな……」  ラスヴァンはそう言いつつも、ブーツを脱いで、ツインルームになってる一つのベッドに横になって、天井をただじっと見つめていた。 (やっぱり様子が変……何か元気づけてあげられたらいいのになぁ…ラスヴァンが元気出そうなことって――)  その時、ベッドのサイドテーブルに置いておいた、檜の木彫りのあひるとジェイスは目があった。  先日ラスヴァンが言った言葉が、頭をよぎる。 『よし、じゃあ今日は一緒に風呂入るか』 「あ………ラ、ラスヴァン」 「……ん?」  ラスヴァンが顎に手を置き振り向くと、ジェイスの顔は真っ赤だった。 「どうした?」 「お風呂……一緒に入る?」 「……………………え?」  ラスヴァンの時が止まった。

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