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第7話

「初めまして、不知火(しらぬい)です。こっちは妻のミア」 「・・・不知火、ミア・・・です・・・」 「璃都(りと)・ルプスです。初めまして」 ホテルにカイが迎えに来て、車でレストランへ向かった。 先方は先に着いていて、顔合わせ。 ミアさん・・・さすがウサギ獣人・・・ふわふわな垂れ耳がめっちゃ可愛い・・・。 個室に通され食事を始めるも、ミアさんは無口なのか人見知りなのか一言も喋らない。 ずっと前菜のサラダもぐもぐしてる・・・かわい・・・。 「璃都」 「なあに?」 「見るなら俺を見て。璃都のオオカ耳はこっちだよ」 「人前で変な事言うのやめて・・・」 不知火さんにも聞こえるだろ。 「はは、ルプスさんは奥様に耳を捧げたって、本当だったんですね」 「ええ。耳だけでなく、全て捧げていますよ」 「ちょ、恥ずかしいって・・・」 メガネをかけた穏やかな面持ちの不知火さんが、少し寂しそうな笑顔になってミアさんを見た。 「私もミアに全て捧げているんですが、なかなか受け取ってもらえなくて・・・毛繕いもさせてくれないんですよ」 そう言って、ミアさんのふわふわな垂れ耳に触ろうとしたけど、ミアさんはそれをすっと避ける。 ・・・あれ、おふたりは夫婦なんですよね? 「ルプスさんはどうです?」 「うちは毎晩毛繕いしてますよ。髪の先から指先、つま先まで、俺が手入れしています」 「羨ましいですね」 だから、恥ずかしい話をするなと言って・・・。 「俺が居ないと体調を崩すくらいなのに、目を離すと他の雄に懐いたり、脱走しようとするので困っていますが」 「なっ、懐いてないっ」 「お仕置きされて泣いた事、もう忘れた?」 忘れる訳ないだろ! そうじゃなくて、別に他の男に懐いたりなんてしてないって。 俺が浮気したみたいな言い方やめろ。 憤慨する俺を宥めるように撫でて、自分の皿からテリーヌをひと口くれた。 これ、美味しい・・・ホタテとサーモン入ってる。 「不知火さんは、奥様が落ち着いていらっしゃるので、お仕置きなんて必要なさそうですね」 「お仕置きだなんて・・・ただ可愛がりたいだけなんですが、なかなか。ルプスさんが本当に羨ましい限りです」 ・・・ちょっと、奥さんの前でそんな事言っちゃっていいの? ミアさんもなんか言い返したら? 「あの・・・ミアさんは、普段なにしてるんですか?俺は大学生なので、基本大学通ってるんですけど・・・」 「・・・家に・・・います・・・」 えー・・・っと、専業主婦って事? 「料理とか、するんですか?」 「・・・しない・・・(おみ)が・・・だめって・・・」 おみ・・・あ、不知火さんの事かな? 旦那さんに料理するなって言われてるの? なんか、さっきからちょっと、ミアさんの扱いがどうなんだろって、心配になってきたんだが・・・。 「ルプスさんの奥様は、弊社でも噂になっていますよ。頭が良く、目が覚めるような美人の・・・ネコ獣人だと」 「人間ですっ」 「ははは」 なんで他所(よそ)の会社にまで俺の噂が? しかも事実とかけ離れた内容なんですけど? 「俺なんかより、ミアさんの方が可愛いですよ。自慢の奥さんでしょう?」 「ええ。我が社の広告塔にしたいくらいですが、本人が嫌がって・・・」 それは誰でも嫌がるのでは? 不知火さん、確か大手建設会社の社長だよね。 そんなデカい会社の広告塔なんて・・・でもミアさんなら広告効果凄そう。 「とても恥ずかしがり屋で・・・私にも滅多に甘えてくれないんです」 「璃都も甘え下手(べた)なんですが、2人きりの時はべったりですよ。抱っこも好きですしね」 「こら余計な事話すなっ」 「ふふ」 コース料理を食べ終え食後の紅茶を飲みながら話していると、確認したい事があるとかで不知火さんの秘書さんが旦那たちを連れて席を外した。 ミアさんと2人きり・・・ちょっと聞いてみるか。 「あの、ミアさん」 「・・・はい・・・」 「だ、大丈夫ですか?その・・・料理もだめって言われてるって、不知火さんが仕事行ってる間、家では何してるんです?」 「・・・え、絵を、描いて、ます・・・美大卒、なので・・・り、料理は、前に、電子レンジ、壊した事、あって、その・・・僕、向いてない、から・・・」 電子レンジを壊した? いったい何をどうやって? 「差し支えなければ、どうやって壊したのか聞いても?」 「わ、わかんない・・・ピザ、あっためた、だけ・・・」 ピザあっためただけで電子レンジは壊れない・・・あ、まさか、アルミホイルに乗せてチンした? それはヤバ過ぎる・・・不知火さんが止めるのも無理ないかも・・・。 「・・・・・・あのっ!リトさん!」 「はいっ!?」 ずっと小さな声で喋ってたミアさんが、意を決したように大きな声を出した。 ど、どしたの? 「ど、どおやったら、あ、あま、甘えられ、ます、か・・・っ!?」 「・・・え?」 ミアさん、甘えたいの? え、でもさっき・・・。 「撫でられるの、嫌がってませんでした?」 「い、嫌がって、ませんっ、臣が、な、なでて、くれないから・・・」 「さっき撫でようとして、ミアさんが避けたから、やめたみたいですけど?」 「・・・え?」 いや、えって、え? 気付いてなかったの? 「無意識で避けたんですか?」 「よ、避けて、ません、臣は、撫で、ません・・・」 「いや、さっき撫でようとしてましたって。それに、ミアさんの事可愛がりたいって・・・」 「ルプスさんが、う、羨ましいって・・・ぼ、僕より、リトさんの方が、び、美人で、な、撫でたいって、思ってる・・・」 「それはないですって」 どうやらこのウサギ、旦那さんの事誤解してそう。 そして、お互い何か噛み合ってなさそう。 「あの・・・ミアさんは旦那さんの事、好き、なんですよね?」 「すっ・・・好き、です・・・だから、番に、なった・・・」 だよね。 なら、もう少し素直になったら? 「旦那さんに、撫でて欲しいって、言ってみました?」 「・・・い、言わない・・・言えない・・・っ」 喋り方からして、きっと話し下手(べた)なんだろうな。 だったら、もっと擦り寄るとか、相手の目を見つめるとか、態度で示してみたらいいのに。 「り、リトさん、お願いが、あります・・・っ」 「な、なんですか?」 「おっ、お手本!見せて!」 お手本、見せて? 俺に? 「え・・・っと、なんの?」 「あ、甘える、お手本!」 そう来たか・・・。 俺だってそんな、甘えるの上手(うま)い訳じゃないんですけどね? でも、ミアさんの必死な様子と、不知火さんの寂しそうな笑顔が頭を()ぎり、断る事が出来なかった。 「お待たせ、璃都」 「ミア、そろそろ出ようか」 旦那たちが戻って来た。 ミアさんが俺に目で訴えてくる。 ・・・よし、見てろよ、俺なりの甘え方だけど。 「ん」 「ふふ、抱っこがいいの?おいで、俺の可愛いネコちゃん」 椅子に座ったまま、カイに向かって両手を広げる。 これだけで、うちのオオカミはすんなり抱っこしてくれるから、俺はカイの首に腕をまわして身体を預けるだけだ。 さて、ミアさんと不知火さんはどうだろ・・・。 「・・・ぉ・・・臣・・・」 ミアさんが、不安気に両手を広げた。 不知火さん、少し驚いた表情をしてから、そっとミアさんを抱き上げる。 よし、成功だな。 「ミア・・・ミアが・・・抱っこさせてくれるなんて・・・っ」 まるで壊れ物を扱うみたいに、少し震えながらミアさんを抱きしめる不知火さん。 ・・・え、泣いてる? 「不知火さん、ミアさんは抱っこも撫でられるのも好きだそうです。避けてるつもりはないらしいので、もっと積極的に撫でてあげてください。たぶん、毛繕いも遠慮しないでやってあげていいかと。俺より甘え下手っぽいので、不知火さんからどんどん甘やかしてあげるといいと思います」 「・・・あ、ありがとうございます!本当に・・・ありがとう・・・っ!」 これで、この夫婦がこれ以上すれ違う事はなくなるかな。 ・・・って、満足してる場合じゃなかった。 「カイ、もお下ろしてくれていいよ」 「嫌だ。明日の朝まで放さない」 さっきから髪やら頬やら首やらにちゅっちゅしまくってきてるうちのオオカミを止めなければ。 せめてホテルの部屋に着くまでは我慢して・・・。 「下ろしてくれたら、車に乗ってからちゅーしてあげる」 「抱っこして連れて行ってもキスは出来る」 「俺からのちゅーはいらない、と?」 「・・・手は繋いでくれるよね?」 「いいよ」 良い雰囲気の不知火夫婦は秘書さんに任せて、俺たちは手を繋ぎ、レストランを後にした。

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