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第8話

車窓の向こうに(きら)めくイルミネーション。 気付けば世は既に、クリスマスイブ前日・・・イブイブ? 「璃都(りと)、買わなきゃいけない物、あるんじゃない?」 「・・・いけないって訳ではないけど、買う物は、あります」 そう、リボンですね。 学校帰り、去年も行った手芸用品店へ。 相変わらずリボンの種類凄いなぁ・・・。 「どれがいいかな」 「待ちたまえカイザルくん。今年は自分で選ぶので、ちょっとあっち向いてて」 「目を離した隙に璃都が攫われたりでもしたらどうするの?」 「もぉ・・・じゃ、ほら、手ぇ繋いでてあげるから」 カイの右手を左手で握り、右手でこれだと思ったリボンを掴む。 そのままレジに持って行き、お会計。 「1m・・・いや、1.5mください」 「えっ!?」 カイ、大人しくあっち向いてて。 いいの、今年は長くなくて。 (むし)ろ去年が長過ぎたんだって。 紙袋に入れてもらったリボンを手に、カイと車へ戻る。 さっきからずっとオオカミが紙袋を見てるけど、そんなに長さが気になる? 「大丈夫だよ、この長さで足りるから」 「腕しか縛れない・・・」 「縛るなっ!」 だから短くしときたいんだって。 今年のプレゼントは・・・リボンだけじゃないし・・・。 あ"ー・・・すげぇ不安・・・。 俺、生きてクリスマス当日を迎えられるかな・・・。 ─────── 「ねえ璃都、今日のデートはこれ着て?」 「ん」 リボンを買った翌日でクリスマスイブの今日、休みだったのでゆっくり起きてブランチしてから、出かける支度を始めてる。 カイから渡されたのはボリュームのあるタートルネックの白いモヘアニット、ヒースグレーのコーデュロイパンツ、チャコールグレーに滅紫(けしむらさき)のグランチェックが綺麗な袖ありポンチョコート。 ・・・ちょっと可愛過ぎない? たぶん、いや間違いなくお義姉(ねえ)さんお手製だ。 カイは滅紫のタートルニット、ダークチャコールのスラックス、ヒースグレーに黒いグランチェックのチェスターコート。 ・・・カッコ良過ぎて我が夫ながら感心してしまう。 「璃都・・・可愛い」 「俺もカイみたいにカッコ良いのが良かったぁ」 「璃都が格好良い系を着ると・・・色んな方面からスカウトされちゃうでしょ?」 色んな方面? 良くわかんないけど、カイがいらぬ心配をしているのはわかるぞ。 「それで、今日はどこ行くの?」 「君を見せびらかしに、街へ」 俺を見せびらかす? 誰に? 玄関ホールを華やかに装ってくれる、今年もカイと拘って飾り付けたクリスマスツリーに見送られ、俺はカイに手を引かれて家を後にした。 ─────── 「俺は賢いから覚えてる。いい子の条件そのいち、カイ以外に可愛い顔を見せてはいけない」 「偉いね。でも今日は特別」 近くまで車で来て、駐車場から恋人繋ぎでぶらぶらと街歩き中。 すれ違う人たちからの視線が凄いのは、俺の自意識過剰ではないはずだ。 隣を密着状態で歩くカイの獣人オーラのおかげか、さすがに声をかけてくる人はいないけど。 「カイのせいで目立つ・・・」 「あのね、璃都・・・みんな、ハイイロオオカミを連れて歩く美人を見てるんだよ。俺からしたら璃都のせいで目立ってるんだけど?」 「んな訳ないでしょ」 また夫婦で不毛な言い争いをしそうになっていたら、視界の端に見覚えのある顔・・・と言うかイヌ耳が。 「あれ、イオじゃない?」 「・・・ああ、そうだね」 ピンと尖ったイオのドーベルマンらしい黒い耳。 それが、時々ぴこぴこ動いてる。 俺のボディガードしてる時は少し前に倒して、常に音のする方向を探ってるセンサーみたいなドーベル耳が・・・ぴこぴこ・・・。 「一緒に居る人って・・・」 「イオの旦那さん。彼の所属してる警備会社の社長だよ」 「へぇ・・・あの人が・・・」 強面なイオの旦那さんなら、更に強面で屈強な人なんだろうと思ってたのに・・・なんか、穏やかで優しそうな人だ。 ほんとにイオの方が嫁なのか・・・って疑いそうになって、やめる。 耳ぴこぴこさせてるイオの、ふにゃっとした幸せそうな横顔が見えたから。 イオ、なんか、可愛い・・・。 「どうして俺のネコちゃんはすぐ他の雄に目移りしちゃうのかな?」 「ご、誤解です。俺はカイザルさん一筋です」 「本当かなぁ」 (まず)い、オオカミさんの機嫌を損ねてしまいそう。 ここは・・・仕方ない、外だけどダメ人間してやるか。 「怒るなよぉ・・・」 「璃都・・・ああもう、可愛い・・・怒ってないよ」 俺からカイにぎゅっと抱き付くと、カイのオオカ耳がぷるってして、険しくなりかけた表情が和らぐ。 俺は身体を離し、恋人繋ぎした手をカイのコートのポケットに突っ込んだ。 「抱っこする流れじゃなかった?」 「人がいっぱいだからだめです。ポッケで我慢して」 「仕方ないなあ」 天気が良く、風もなく、冬の散歩にしてはなんだか心地良い。 気候のおかげか、コートのポケットに突っ込んで繋いだ手のおかげか。 「あっ、ねぇ、あそこ入ろ?」 「いいよ。温かい物、飲もうか」 目に入った喫茶店に入り、少し休憩して、またぶらぶら歩いて、ちょこちょこ店を見ては色々買ってもらって・・・。 「暗くなってきた・・・イルミネーション綺麗・・・」 「イルミネーションも綺麗だけど、それを眺める俺の奥さんが1番綺麗かな」 「そりゃどーも。俺のオオカミも綺麗だよ。金の瞳にイルミネーションが映ると、すげーキラキラして・・・これと一緒」 俺の指輪に光る、カナリーイエローダイヤ。 カイは知らないだろ、俺がカイが居ない時にこの宝石(いし)を飽きずに眺めてるの。 「俺の指輪にも、璃都の瞳と同じ色の宝石(いし)があるけど・・・やっぱり璃都の方が美味しそう」 「俺と見ればすぐ食おうとすんのやめろ」 「ふふふ」 まったく。 イルミネーションをしっかり堪能してから、予約してたレストラン行ってクリスマスディナーして、また手を繋いでゆっくり歩いて車へ戻り、帰宅。 明日は昼過ぎからりっくん玲央(れお)とクリスマスランチだ。 ケーキ作って持ってくって約束してる。 遅くても9時には起きないといけない。 「大丈夫かなぁ・・・」 「璃都?リボン結べた?」 「ちょっと待ってぇ」 寝室で待つカイが俺を急かす。 俺はウォークインクローゼットで、仕上げとばかりに首でリボンを蝶結びにした。 15cm幅の、ディープレッドのベルベットリボン。 ぬいぐるみにでもなった気分だ。 まあ、衣装はとてもじゃないけどお子様向けではないが・・・。 姿見の前で自分の格好を再確認する。 ・・・だめかも、これ。 「りぃーとぉー!」 「はぁーいぃー!」 どうしてうちのオオカミは待てが出来ないのですか? こっちは噛み殺される恐怖になんとか打ち勝とうと必死なのにっ! もお・・・どーにでもなれっ!! 「はいっ、俺のハイイロオオカミさんにプレゼントっ」 「・・・・・・・・・ぐるる・・・」 「・・・へ?」 ちょ、今、唸った? これ、だめなやつじゃ・・・。 「はぁ・・・っ・・・それ・・・秘密の10着・・・?」 油を引いたようなギラギラ光る金の眼に射すくめられた俺は、昨年お義姉さんから送られてきてた件の衣装の2着目を着てる。 黒いレースの、際どいが過ぎる下着姿だ。 「・・・は、ぃ・・・隠してたの、思い出して・・・」 「おいで、俺の可愛い璃都・・・大丈夫、殺したりしない・・・」 その言葉、信じる事が出来ません・・・っ! 恐いこわいコワイ・・・っ!! 「か・・・噛まない・・・?」 「噛むよ。でも、噛み千切ったりしない。約束する」 「そ・・・ですか・・・」 まんまり、深く噛まないでもらえると・・・いいなぁ・・・。 なんて考えながら、俺は意を決して、唸る獣人の腕の中へと飛び込んだ。

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