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皇太子の結婚 3 ※
執務室を出ても、外はなお騒然としていた。
宰相や神官たちが集まり、暗殺未遂の報に声を荒らげている。
殺伐とした面持ちの近衛騎士に囲まれながら自室へ戻る。
薄暗い部屋でひとりカシアンを待つ。
さきほどの熱が、まだ腹の底で疼いていた。
吐き気と羞恥がないまぜになり、内臓の奥をかき乱していく。
粗末な夜間着に着替えると、窓辺に膝を折り、手を組んで祈りを捧げた。
「なぜ俺を選んだ……。国を豊かにするには俺じゃ力不足だ。どうか、この国を善き方へ導いてくれ……」
その声は熱を鎮めるよりも、ますます胸を焼く。
夕焼けはほどなくしては闇に飲まれた。
◇
静かに扉の音が響く。
「……お前の祈る姿は、いつも美しいな」
赤い影がゆっくりと近づく。
キリエルは反射的に後退った。
先ほどの嵐のような熱を思い出し、心臓が跳ねる。
「体が痛むのなら、やめておこう」
低い声は柔らかかった。
しかし次に重ねられた言葉が胸を打つ。
「だが……俺はお前に触れたい」
その瞬間、背が寝台に押し倒される。
吐息が触れるほどの距離で、赤い瞳が覗き込んできた。
窓からみた夕焼けよりも、濃い赤。
「やめろ……怖いんだ!」
感情が溢れ出す。
「すべてを失った。俺はもう騎士じゃない、守るべき妹も傷つけた。……お前まで、変わってしまった。誰も俺を見ていない。……消えてしまったってかまわないはずだ!」
涙混じりの叫びは、石壁にぶつかり散った。
月明りに照らされたカシアンの顔に、深い苦悩が影を落とした。
「違う。……俺はお前を愛している。……昔から、お前の清らかな祈りの姿が目に焼き付いていた。剣に打ち込むそのひたむきさが好きだった」
剣ダコで固くなった手のひらに、カシアンの熱い手のひらが絡む。
「俺にお前を守らせてくれ。聖女じゃなく、キリエル。お前自身を。……俺には、お前が必要なんだ」
喉が詰まり、言葉が出ない。
この男との蜜月が束の間の夢だと分かっていながらも、心の奥は欲しくて堪らないと叫んでいる。
やっとの思いで搾り出す。
「……お前を嫌いになれたらよかった」
涙が頬を伝う。
その一言で、二人の想いが堰を切った。
◇
どちらともなく、自然と唇が重なった。
浅く触れるだけでは足りず、次第に熱を帯び、呼吸を分け合うほどに深く沈む。
互いに衣をほどき合い、はだけた肌に重なる。
布が滑り落ちる音すら、二人の熱を焚きつける。
仕立て屋に触れられた場所を、今度は慎重に、清めるように撫でていく。
体は火が灯ったように熱い。
知性の象徴たる赤い長髪が、シーツの上で乱れているのが目に入る。
カシアンの指先が、ふいに起立したキリエルのものを触れる。
急な刺激に腰が震えた。
腰布をピンと押し上げている先端をくすぐられ、ほんのりシミが広がる。
「おい……!ぁ、あ!」
羞恥で脚を閉じようとすると、カシアンの体が割って入り、布越しのものを擦り付けられる。
薄布一枚すら隔てているのがもどかしい。
――触れたい。
震える指でカシアンの腰布を引けば、カシアンは自らの腰布を解き、再び二人のものを重ね合わせた。
脈打つものを恐る恐る握る。
「……っ!」
カシアンが息を詰め、甘い吐息を吐く。
いたずらっぽく笑うキリエルに、カシアンは噛みつくように唇を合わせた。
直接触れる熱の音で、脳が茹だる。
カシアンは二人の先走りで濡れたキリエルの秘所を撫でる。
キリエルは反射的に逃れようとするが、カシアンの分厚い体が覆いかぶさり、動きを封じる。
「絶対に離れない……お前が欲しい」
熱い吐息を吹き込まれ、抗う心は薄れていった。
◇
3本の探る指が深く食い込んだころ、全身を汗で濡らしたキリエルは、カシアンの腰に脚を絡める。
息が上がり、言葉を紡げなくとも、黄金の瞳は雄弁だった。
滾った熱に濡れてほころんだ蕾が押し開かれていく。
苦し気にうねる腹筋に汗が滑った。
ゆっくりと押し進んだ腰が、キリエルの臀部に触れる。
全てを受け入れ終わっても、二人は言葉を交わさなかった。
ひゅーひゅーと喉が鳴り、不随意に声が漏れる。
視界が揺れ、目の前で火花が飛ぶ。
体の奥まで、この男に触れられていると思うと、胸が締め付けられた。
「あ、あ、あ……っ」
律動のたびに熱を渇望する。
性急でありながら、触れるたびに乾きが残る――満たしきれない切なさが、二人を急き立た。
痛みと悦びが混じるほどに胸が震え、堪えようとした声が喉奥で震えて零れ落ちる。
「こんなの……俺じゃない……っ」
涙混じりに吐き出す言葉。
カシアンは耳元で囁く。
「俺の目に映っているのは、愛しいキリエルだ」
その声に縋るように、甘い痺れが全身を走る。
腹の奥がきつく痙攣すると、カシアンの腰が揺れ、中が生暖かく濡れた。
◇
荒い呼吸と震える余韻の中、キリエルは肩で息をしながら外へ目線を逸らす。
頬を流れた汗を夜風が冷やすも、体はまだ火照ったままだった。
カシアンはしっとりと濡れた黒髪を撫で、あざの浮かんだ額に口づけを落とした。
「明日は婚姻の儀だ……もう一生、手放さない」
言葉は鎖のようでありながら、不思議な安堵を伴って胸に沈む。
窓から差し込む月明かりに、二人の影がひとつに溶け、再び切なく揺れた。
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