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洗脳の香 2 ※

 客間を出ると、冷たい石造りの廊下の空気が肺に沁みた。  ぼんやりしていた頭が、少しずつ冴えていく。  「聖女様、ダリオ様と楽しい時間をお過ごしになられましたか?」  部屋の外で待っていたベレオンが、人懐っこく話しかけてくる。  (……さっき、兄上と何を話した……?)  心が満たされた記憶はある。だが、断片的にしか思い出せない。  緊張していたせいだ、と自分に言い聞かせるしかなかった。  「……ああ、楽しかった」  ◇  交代の刻を知らせるように、近衛騎士が入室する。  甲冑の若者は、先日王宮でキリエルをからかってきた顔だった。  彼は封蝋の施された書状を差し出すと、低く囁く。  「……ご存知ですか。ルミエル様が殿下の側室候補に、と」  ニタニタと笑う目に、瞬間的に怒りが湧く。  肩を殴るように押し返し、「持ち場につけ」と睨みを利かせる。  胸がきつく軋んだ。  震える手で封を裂く。  ――穏やかに過ごしているか。  ――必ず会いに行く。  ――愛している。  短い言葉。その温もりが胸を押し潰す。  (……カシアン……)  だが、ルミエルの顔が頭を離れず、嫌な想像が膨らんでしまう。  「お疲れでしょう、聖女様」  今日もベレオンが銀盆を抱えて立っていた。  琥珀色の湯気が立ちのぼり、甘い香りが鼻を撫でる。  「どうかゆっくりお休みください」  自分と近衛騎士の分も注ぎ、カップを配る。  その自然な仕草に、心が溶けていく。  ベレオンは懐から一通の書状を差し出した。  「ダリオ様から。明朝の面会依頼でございます」  ドキリと心臓が音を立てた。  ベレオンは羨望の眼差しを送り、静かに囁く。  「弟思いのお兄様ですね」  曖昧に返事をしてカップを飲み干した。  月明りが差す窓辺で、今日もまた祈りを捧げる。  ベレオンのやさしさに感謝を抱きながら、寝台に身を横たえた。  不思議なほど心が落ち着き、瞼が重くなる。  ◇  夢を見た。またあの部屋だ。  紅の瞳が切なげに細められ、吐息が頬を撫でる。  「……愛している」  唇が触れ、熱い舌が絡む。  「カシアン……」  名を呼ぶと、腰を撫で上げる手に力がこもる。  いつのまにか秘所は濡れ、柔らかく収縮していた。  腹の奥が熱く疼く。  「……カシアン、欲しい」  自らの脚を抱え、ひくつく秘所を曝け出す。  息を飲む音が聞こえると、分厚い体が覆いかぶさった。  滑らかな赤い長髪が檻のようにキリエルの体を包む。  閉じ込められる感覚に胸が躍る。  このまま、手放さないでほしい。  見下ろした先では、カシアンの剛直が湿った音を立てて蕾を押し開いていた。  「……っああ!ふか、い……!」  ずりずりと奥へと入り込んでくる熱に、苦しさと愛おしさが混ざる。  「あっ、あ、ぐぅ!」  甘い声が押し出され、浅い呼吸を繰り返す。  閉じることができない口からは涎があふれ、熱い舌が舐め取っていく。  この男を誰にも奪われたくない。  本音が言えないまま、きつく熱を締め上げる。  律動する腰に小麦色の脚を絡ませ、厚い唇に舌を這わせる。  「中に……出して……」  犬のように腰を揺らし、子種を乞う。  世継ぎが生まれないとしても、この男の全てを自分のものにしたい。  内臓が焼けるような泡沫を受け止めて、果てる。  濡れた腹を撫でると、赤い瞳は愛おし気に笑う。  夢の中で交わるほどに、目覚めの現実は遠ざかっていった。  ◇  翌朝の面会室には、昨日と同じ甘い香りが漂っていた。  それを嗅いだ瞬間、胸の奥の緊張が解けていく。  (……落ち着く……)  昨日まで違和感に思っていた煙を、今では安心できる証明のように感じられた。  「よく来たな、キリエル。昨日の続きをしよう」  ダリオの声に導かれるように歩み寄る。  自然と衣の結び目に手をかけていた。  「……ダリオ、お兄様」  布が肩から滑り落ちる。  ダリオはそれを制さず、ただ穏やかな微笑を浮かべた。  弾力のある筋肉を弄り、爪を立てる。  キリエルは身を固くするが一切抵抗しない。  ダリオがソファに腰を下ろすと、脚の間で床に座るよう指示される。  両ひざを床につけ、兄の顔色を窺うように背を丸める。  「いい子だ」  犬のように従順な弟の顎を擽ってやると、快感の息が聞こえる。  キリエルはそっと兄の膝に頭を預ける。  甘えたい。褒められたい。  脳が原初的な欲求に染まる。  理性は衣と一緒に脱ぎ去り、床に転がり手が届かない。    額にそっと口づけを落とされ、熱い吐息が肌をくすぐる。  「可愛い弟よ」  その一言に、体が甘美な愉悦に震え、思わず笑みが零れた。  「殿下は……どのようにお過ごしか」  問いかけに、言ってはならないと分かっているのに、甘い香りに誘われ口が勝手に動く。  王宮の警備の配置、耳にした政務の噂、カシアンの手紙。  どれも秘匿すべき話なのに、撫でられる手のぬくもりが心を解かしていく。  「……皇太子の寵愛は本物だな。偉いぞ」  褒められるたび、胸の奥に小さな歓喜の火が灯る。  「しかし、あまり高貴な方の手を煩わせるなよ」  耳を擽る指先に、鼻息が蕩けた色を帯びる。  冷たい指先に導かれるまま、鼻先がダリオの滾った熱に当たる。  これは……。  戸惑う前に、兄の顔を覗き見る。  温度のない目線が無言の指示を出していた。  脳は甘い霧の中で眠ったまま、体だけが操られる。  力の抜けた指先で前を寛げようと弄る。  ――瞬間、頬が燃えるように熱くなった。耳鳴りがする。叩かれた。  くくった後ろ髪を手綱のように後ろに引かれ、眼前にゾッとするほど冷徹な瞳が迫る。  「犬らしくしろ」  端的な命令。  全てを理解して、緩く舌を出す。  もう罰はいらない。ご褒美がほしい。  ダリオは面倒くさそうに体をソファに預け直し、乱暴に犬の頭を膨らみに押し当てる。  震える唇で腰布を喰み、紐の結び目を歯で緩める。  次第にダリオは楽しげに嗤う息を漏らす。  起立したものを外気に晒し、躊躇なく口に含む。  ぬめらせた口内で摩擦すると、塩辛いような味がした。  「ん、う、ふっ」  ぐぢゅぐぢゅと水音を立て、何度も口に押し込む。  喉の奥にまで突き入れ苦しみ悶えるほどにその熱は硬く熱く育った。  「飲め」  命令と同時に後頭部の髪を捕まれ、強引に動かされる。  頭の中で激しい水音が響き、灼熱の塊が何度も喉の奥を殴りつける。  吐き気が迫り上がるのを何とか飲み下し、舌を熱に絡めて吸う。  褒めて、褒めて。  焦点の合わない瞳で兄を見上げる。    腰が大きくぶるりと震え、舌の上で熱が弾けた。  粘ついた白濁がどくどくと注がれる。  飲め、と言われた――。  脈打つ熱をゆっくり口から抜き去ると、口に溜めたそれを喉を鳴らして飲んでみせた。  生臭い匂いが胃から上がってくる。  だが、脳に焦げついた甘い匂いを打ち消すことはできない。  にちゃり、と口を開け、舌を突き出す。  糸を引く口内を検分され胸が高鳴った。  ダリオは懐から青い宝石を嵌め込んだチョーカーを取り出す。  「いい子には、これを贈ろう」  首に巻かれた瞬間、ひやりとした感触が走り、すぐに熱へと変わる。  宝石はダリオの瞳のような燐光を宿し、この犬の所有者を示していた。  「よく似合っている」  頬を撫でられキリエルはうっとりと目を細めた。  部屋の外では、ベレオンと近衛騎士が待っていることすら忘れてしまう。  「兄に愛されている」という錯覚が甘く胸を満たしていた。

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