17 / 28

洗脳の香 5 ※

 気がつけば、テーブルの上にカップがあった。  いつからここにいたのか分からない。  けれど、目の前にはベレオンがいて、にこやかに向かい合っていた。  「お口に合いますか」  紅茶をすする音がやけに大きく響く。  ぼんやりと「美味しい」と答えると、彼は満足そうに目を細めた。  視界の端で、近衛騎士が床に崩れて眠っているのが見えた。  甲冑のまま横たわり、かすかな寝息を立てている。  だが、なぜか気に留めることもなかった。  「――ダリオ様とは、どんなお話をされているのですか」  問われ、言葉が喉に絡む。  「……覚えてない」  そう答えた瞬間、体の奥がふわりと熱を取り戻す。  ぼんやりと、頬を撫でる感触だけが甦った。  ベレオンは少し声を落とし、微笑のまま囁いた。  「最近は客間から、いやらしい音が漏れておりますよ。そんな顔をして部屋を出てこられるのでは、何をしていたか誰の目にも明らかです」  何を言われているのか、霞んだ思考では意味をとらえることができない。  テーブルには赤い封蝋の手紙が積まれている。  いくつかは床に散らばり、踏まれて端が汚れていた。  「読まなくてよろしいのですか?」  「……今は、いい」  ベレオンは床に落ちた封筒をひとつ取り上げる。  「……皇太子殿下は、国内東部の紛争を治めに出立されました」  躊躇いなく封を切り、淡々と告げながら、紙を広げる。  「その間に……ルミエル様を側室として王宮にお迎えするとか」  薄く笑ったまま短い文面を声に出して読む。  ――必ず会いに行く。  ――愛している。  ――お前の幸せを祈っている。  何通か開封し読み上げるも、どの手紙にも似た言葉だけが並んでいた。  「あの方は、何も教えてはくださらないのですね」  ベレオンの声音には、やわらかな責めが混じっていた。  涙がひと粒、頬を滑り落ちる。  ベレオンは身を乗り出し、それを舌でそっと掬った。  戸惑いに肩が震える。  「殿下が王宮を立たれたのは、もう一週間前のこと。――その夜々、貴方は誰に抱かれていたと思われますか」  断片的な記憶が頭を巡る。  絡む舌、低い声、背に走る熱。けれど、何も掴み取れない。  胸の奥が重たく脈打つ。  赤紫の瞳が溶けるよう細められた瞬間、その目に犯された夜の記憶が蘇る。  「……っ!」  逃げなければ――。  靄のかかる頭の奥で本能が叫ぶ。  混乱する記憶の渦に自我が飲みこまれそうになる中、細い糸を手繰るように意識を保つ。  椅子を蹴って立ち上がり、出口へ走った。  「外へ逃げてどうなさるんですか」  月明かりを背に、神官は洗練された所作でまっすぐに歩いて来る。  力の抜けた脚を奮い立たせ、扉に辿り着く。  (カシアンの執務室へ、いや、今は不在だ……騎士の宿舎に隠れても、味方はいない……そもそも、あいつが嘘を言っている可能性だって……)  浅い息で喉が鳴る。扉を開けたら、どこへ行く。何ができる。  無力感が目の前を暗くする。  「僕が聖女様をお守りしますから、どこにも行かないでください」  背中に熱い気配を感じ、肌が粟立った。  扉を開こうと力いっぱい引くも、鍵がかかっているようで動く気配がない。  「……どこにも行けませんね」  愉快そうに口元を吊り上げた顔は、見慣れた人懐っこい姿とはかけ離れていた。  嫌悪感から拳を振り上げるが、視界が歪み狙いが定まらない。  「……近寄るな」    「おっと、暴れられたら敵いません」  おどけて両手を挙げる仕草が勘に触る。  「……聖女様の御手は祈りのためにあるもの。落ち着いてください」  「……口を閉じろ、変態野郎。さっさとここから出せ」  額に汗がにじむ。  眠り込んでいる近衛騎士のそばに剣が転がっている。それを目の端で捉え、じりじりと距離を詰める。  「……聖女様、危険な真似はよしてください」  剣が射程内に入り、深く息を吸う。  ベレオンがまた一歩迫る。  汗が滴る。――甘い、匂いがする。  「……これ、兄上の……」  掴んでいたはずの微かな糸がほろほろと霧散する。  脳が香りを求め、視界が狭窄していく。  体が軋み、指先が震えた。    「いい香りですよね。ダリオ様からいただいたんです、紅茶と一緒に」  高揚したベレオンが懐から香袋を取り出すと、心臓が激しく脈打つ。  欲しい、欲しい。脳の信号が一色に染まる。  気がつけば膝をつき、求めるように舌を垂らしていた。  「事前に解毒薬を飲んでいれば、効果も依存性もなくなるらしいです。……でも僕は、聖女様と同じところまで堕ちていきたい」  頬を赤く染めたベレオンは香袋を鼻に当て、香りで肺を満たす。  潤んだ瞳は狂信の光を灯していた。  「聖女様、お慕いしております……」  片膝をつき、キリエルの舌を吸う。    「……やめろ、ちがう……」  「何が違うんです」  「おまえは……カシアン、じゃない……」  香りが思考の邪魔をする。  鳴り響いていた警鐘が水音にかき消される。  口内を荒らされ、肌が甘く痺れた。  体と心が乖離していく。  「……んっ、あ、やめ、あ」  はだけられた衣から柔らかな胸筋がこぼれ、胸の飾りをぬめった舌が舐めしゃぶる。  ピンと固くなった先端を押しつぶされ、ぬるぬると擦られると、腰が物欲しげに揺れた。  ベレオンの舌が徐々に降りていき、鼠蹊部をなぞる。  「清拭のとき、この美しいお身体に欲情してしまったんです……罪深い僕をお許しください」  キリエルの腰布を解き、蜜をこぼして震える熱に舌を絡める。    「ひ、あ、あ……」  下肢から込み上げる熱が体内を苛む。  腹の奥が疼き出すのが分かり、絶望した瞳で虚空を見つめる。  体が淫らに作り変えられている。  ベレオンの指が秘所へと潜り込む。  隙間から白濁がとろりとこぼれ落ち、引き締まった褐色の脚をなぞって線を描く。  今朝もダリオに弄ばれていた肉壺は簡単に綻び、挿し込まれた指を奥へ奥へと誘う。  ぐちゃぐちゃと音が響き、キリエルは耳の奥まで淫らに犯される。  「あ、でる、あぁっ、はなれ、ろぉ……っ」  震える指で栗毛を押し返すが、力なく髪を混ぜるだけだった。  キリエルの熱はベレオンの口内で弾け、媚肉が指を甘く締め付ける。  浮き出た腹筋がうねり、抗えない快感を伝える。  全身を駆け抜ける甘い電流が、手足をびくびくと震わせた。  「……あ、カシアン……ごめ、ん」  愛しい人の影が瞳にチラつき、涙が溢れてくる。  嵐のような快感の中でも、その名だけは手放すことができず、かえってキリエルの心を痛めつけた。  流れ落ちる水滴はベレオンの舌に舐め取られ、耳元に熱い息が当たる。  「…………聖女様、僕のために泣いてください」  「ちがう……こんなの、おれは……聖女、なんかじゃ」  首を緩く振り、力なく後ずさる。  喪失感や罪悪感が心を引き裂き、吐き気が込み上げた。  震える指先が床に落ちた剣を探る。  「おれは……騎士、なのに……」  奪われた誇りに縋って藻掻く姿に、ベレオンは血が湧くような興奮を覚えた。  這うように進むキリエルの上から体を重ね、直上から滾るペニスを突き入れる。  抵抗なくぐぷぐぷと飲み込む蕾は、白濁を滲ませながら甘く蠢く。  「――〜〜あ"ぁ"っ」    衝撃に手足が崩れ、床に押し付けられたまま絶頂を強いられる。  勢いのない精液が緋色の絨毯を濡した。  痙攣する肉壁を労わることなく続く律動に、キリエルの瞳は焦点を無くしていく。  「ぐっ、ふぎ、ひ……っあぐ」  「聖女様、聖女様……っ」  ベレオンは恍惚とした笑みを浮かべ、跳ねる腰へ何度もペニスを打ち付ける。  聖女の中は切なく締まり、淫らに甘える。  強烈な悦楽に支配された神官の肉棒から、若い熱が吹き出る。  赤い蕾の縁から押し出されるようにして白濁が溢れた。  「……あー……あたたかい、聖女様の中……」  出してもなお硬い逸物を腹の奥へと何度も擦り付ける。  「あ、あ、ぬけ、ぬいて、いやだ……っあ"あ"、お"……っ」  終わりのない甘い刺激に前後不覚となり、子供のよう泣いて抗う。  しかし遂に腹の奥が緩み、結腸まで侵入を許してしまった。  異常な快感が全身を駆け巡り、絨毯に爪を立てる。  ピンと伸びた脚が不随意にびくびくと跳ねた。  「…………ち、がう、ぅ」  ペニスを奥まで嵌め込んだまま、落ちた剣に縋り付く。  鉄の冷たさが火照りに沁みる。  馴染みのある手触りが心を少し軽くした。  そう、俺は騎士なんだ。  月明かりに鈍く光る剣が唯一のよすがだった。  柄を額に当て熱を鎮めようとするが、ベレオンは再び腰を振り始める。    「貴方にもう武器は似合いません……っ僕の祈りを受け入れて、聖女様……っ」  ベレオンが香袋をキリエルの鼻先に押し当てると、濃厚な甘い香りが脳を一瞬で溶かしてしまう。  続く律動に合わせて息を吸うほどに、瞳から光が消え、唇から唾液が溢れる。  (あまい、あまいにおい……)  「……あ、は、きもち、いい……っ」  舌が震え、教え込まれた言葉を紡ぐ。  肉棒を迎え入れるように腰を持ち上げ、淫らに誘う。  「聖女様……っ美しい……」  肩越しに見たベレオンは、感動に震えスミレ色の瞳から涙をこぼしていた。  打ち付ける腰のスピードが上がり、ぬかるんだ肉壺の奥まで入り込む。  「聖女様、祈って、僕のために……祈ってください……っ」  狂信の声音が耳元で響く。  聖女、祈り。  溶けた脳に染み込み、全身を支配する快楽が意識を上書きしていく。  指先が剣から離れる。  体をひねり、若き神官の首に腕を絡ませる。  「……は、いっ、祈ります……あ"っ、貴方の、ために、……ひぐっ」  甘く喘ぎながらうっとりと微笑むと、自ら唇を重ねる。  ベレオンは聖女の片脚を抱え、激しくピストンを繰り返す。  結腸を何度も犯し、震える媚肉を味わい尽くした。  「あ"っふかい……きもち、あぁ、カシアン、カシアンっ……」  キリエルの意識は再び夢の中へと消えて行く。  愛しい人の名を叫びながら身体を強張らせると、吐精のないまま絶頂した。  きつく搾り取るように動く肉壺に、ベレオンも耐えきれず2度目の精を注ぐ。  荒い呼吸が重なる。  ベレオンは虚ろな横顔に口づけを落とすと、惜しむようにペニスを引き抜く。  行かないでと甘える穴が健気で、またすぐに兆しそうになるのを抑え、懐から書状を差し出した。  「……明日の夜、公爵家の聖堂で祈祷がございます。ダリオ様からの招待状です」  熱に揺蕩う黄金の瞳が、ダリオの名前に反応する。  「どうか、聖女としてのお勤めを」  やわらかな声に導かれ、ベレオンの手を取る。  寝台に導かれ、また甘い声を上げた。

ともだちにシェアしよう!