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洗脳の香 5 ※
気がつけば、テーブルの上にカップがあった。
いつからここにいたのか分からない。
けれど、目の前にはベレオンがいて、にこやかに向かい合っていた。
「お口に合いますか」
紅茶をすする音がやけに大きく響く。
ぼんやりと「美味しい」と答えると、彼は満足そうに目を細めた。
視界の端で、近衛騎士が床に崩れて眠っているのが見えた。
甲冑のまま横たわり、かすかな寝息を立てている。
だが、なぜか気に留めることもなかった。
「――ダリオ様とは、どんなお話をされているのですか」
問われ、言葉が喉に絡む。
「……覚えてない」
そう答えた瞬間、体の奥がふわりと熱を取り戻す。
ぼんやりと、頬を撫でる感触だけが甦った。
ベレオンは少し声を落とし、微笑のまま囁いた。
「最近は客間から、いやらしい音が漏れておりますよ。そんな顔をして部屋を出てこられるのでは、何をしていたか誰の目にも明らかです」
何を言われているのか、霞んだ思考では意味をとらえることができない。
テーブルには赤い封蝋の手紙が積まれている。
いくつかは床に散らばり、踏まれて端が汚れていた。
「読まなくてよろしいのですか?」
「……今は、いい」
ベレオンは床に落ちた封筒をひとつ取り上げる。
「……皇太子殿下は、国内東部の紛争を治めに出立されました」
躊躇いなく封を切り、淡々と告げながら、紙を広げる。
「その間に……ルミエル様を側室として王宮にお迎えするとか」
薄く笑ったまま短い文面を声に出して読む。
――必ず会いに行く。
――愛している。
――お前の幸せを祈っている。
何通か開封し読み上げるも、どの手紙にも似た言葉だけが並んでいた。
「あの方は、何も教えてはくださらないのですね」
ベレオンの声音には、やわらかな責めが混じっていた。
涙がひと粒、頬を滑り落ちる。
ベレオンは身を乗り出し、それを舌でそっと掬った。
戸惑いに肩が震える。
「殿下が王宮を立たれたのは、もう一週間前のこと。――その夜々、貴方は誰に抱かれていたと思われますか」
断片的な記憶が頭を巡る。
絡む舌、低い声、背に走る熱。けれど、何も掴み取れない。
胸の奥が重たく脈打つ。
赤紫の瞳が溶けるよう細められた瞬間、その目に犯された夜の記憶が蘇る。
「……っ!」
逃げなければ――。
靄のかかる頭の奥で本能が叫ぶ。
混乱する記憶の渦に自我が飲みこまれそうになる中、細い糸を手繰るように意識を保つ。
椅子を蹴って立ち上がり、出口へ走った。
「外へ逃げてどうなさるんですか」
月明かりを背に、神官は洗練された所作でまっすぐに歩いて来る。
力の抜けた脚を奮い立たせ、扉に辿り着く。
(カシアンの執務室へ、いや、今は不在だ……騎士の宿舎に隠れても、味方はいない……そもそも、あいつが嘘を言っている可能性だって……)
浅い息で喉が鳴る。扉を開けたら、どこへ行く。何ができる。
無力感が目の前を暗くする。
「僕が聖女様をお守りしますから、どこにも行かないでください」
背中に熱い気配を感じ、肌が粟立った。
扉を開こうと力いっぱい引くも、鍵がかかっているようで動く気配がない。
「……どこにも行けませんね」
愉快そうに口元を吊り上げた顔は、見慣れた人懐っこい姿とはかけ離れていた。
嫌悪感から拳を振り上げるが、視界が歪み狙いが定まらない。
「……近寄るな」
「おっと、暴れられたら敵いません」
おどけて両手を挙げる仕草が勘に触る。
「……聖女様の御手は祈りのためにあるもの。落ち着いてください」
「……口を閉じろ、変態野郎。さっさとここから出せ」
額に汗がにじむ。
眠り込んでいる近衛騎士のそばに剣が転がっている。それを目の端で捉え、じりじりと距離を詰める。
「……聖女様、危険な真似はよしてください」
剣が射程内に入り、深く息を吸う。
ベレオンがまた一歩迫る。
汗が滴る。――甘い、匂いがする。
「……これ、兄上の……」
掴んでいたはずの微かな糸がほろほろと霧散する。
脳が香りを求め、視界が狭窄していく。
体が軋み、指先が震えた。
「いい香りですよね。ダリオ様からいただいたんです、紅茶と一緒に」
高揚したベレオンが懐から香袋を取り出すと、心臓が激しく脈打つ。
欲しい、欲しい。脳の信号が一色に染まる。
気がつけば膝をつき、求めるように舌を垂らしていた。
「事前に解毒薬を飲んでいれば、効果も依存性もなくなるらしいです。……でも僕は、聖女様と同じところまで堕ちていきたい」
頬を赤く染めたベレオンは香袋を鼻に当て、香りで肺を満たす。
潤んだ瞳は狂信の光を灯していた。
「聖女様、お慕いしております……」
片膝をつき、キリエルの舌を吸う。
「……やめろ、ちがう……」
「何が違うんです」
「おまえは……カシアン、じゃない……」
香りが思考の邪魔をする。
鳴り響いていた警鐘が水音にかき消される。
口内を荒らされ、肌が甘く痺れた。
体と心が乖離していく。
「……んっ、あ、やめ、あ」
はだけられた衣から柔らかな胸筋がこぼれ、胸の飾りをぬめった舌が舐めしゃぶる。
ピンと固くなった先端を押しつぶされ、ぬるぬると擦られると、腰が物欲しげに揺れた。
ベレオンの舌が徐々に降りていき、鼠蹊部をなぞる。
「清拭のとき、この美しいお身体に欲情してしまったんです……罪深い僕をお許しください」
キリエルの腰布を解き、蜜をこぼして震える熱に舌を絡める。
「ひ、あ、あ……」
下肢から込み上げる熱が体内を苛む。
腹の奥が疼き出すのが分かり、絶望した瞳で虚空を見つめる。
体が淫らに作り変えられている。
ベレオンの指が秘所へと潜り込む。
隙間から白濁がとろりとこぼれ落ち、引き締まった褐色の脚をなぞって線を描く。
今朝もダリオに弄ばれていた肉壺は簡単に綻び、挿し込まれた指を奥へ奥へと誘う。
ぐちゃぐちゃと音が響き、キリエルは耳の奥まで淫らに犯される。
「あ、でる、あぁっ、はなれ、ろぉ……っ」
震える指で栗毛を押し返すが、力なく髪を混ぜるだけだった。
キリエルの熱はベレオンの口内で弾け、媚肉が指を甘く締め付ける。
浮き出た腹筋がうねり、抗えない快感を伝える。
全身を駆け抜ける甘い電流が、手足をびくびくと震わせた。
「……あ、カシアン……ごめ、ん」
愛しい人の影が瞳にチラつき、涙が溢れてくる。
嵐のような快感の中でも、その名だけは手放すことができず、かえってキリエルの心を痛めつけた。
流れ落ちる水滴はベレオンの舌に舐め取られ、耳元に熱い息が当たる。
「…………聖女様、僕のために泣いてください」
「ちがう……こんなの、おれは……聖女、なんかじゃ」
首を緩く振り、力なく後ずさる。
喪失感や罪悪感が心を引き裂き、吐き気が込み上げた。
震える指先が床に落ちた剣を探る。
「おれは……騎士、なのに……」
奪われた誇りに縋って藻掻く姿に、ベレオンは血が湧くような興奮を覚えた。
這うように進むキリエルの上から体を重ね、直上から滾るペニスを突き入れる。
抵抗なくぐぷぐぷと飲み込む蕾は、白濁を滲ませながら甘く蠢く。
「――〜〜あ"ぁ"っ」
衝撃に手足が崩れ、床に押し付けられたまま絶頂を強いられる。
勢いのない精液が緋色の絨毯を濡した。
痙攣する肉壁を労わることなく続く律動に、キリエルの瞳は焦点を無くしていく。
「ぐっ、ふぎ、ひ……っあぐ」
「聖女様、聖女様……っ」
ベレオンは恍惚とした笑みを浮かべ、跳ねる腰へ何度もペニスを打ち付ける。
聖女の中は切なく締まり、淫らに甘える。
強烈な悦楽に支配された神官の肉棒から、若い熱が吹き出る。
赤い蕾の縁から押し出されるようにして白濁が溢れた。
「……あー……あたたかい、聖女様の中……」
出してもなお硬い逸物を腹の奥へと何度も擦り付ける。
「あ、あ、ぬけ、ぬいて、いやだ……っあ"あ"、お"……っ」
終わりのない甘い刺激に前後不覚となり、子供のよう泣いて抗う。
しかし遂に腹の奥が緩み、結腸まで侵入を許してしまった。
異常な快感が全身を駆け巡り、絨毯に爪を立てる。
ピンと伸びた脚が不随意にびくびくと跳ねた。
「…………ち、がう、ぅ」
ペニスを奥まで嵌め込んだまま、落ちた剣に縋り付く。
鉄の冷たさが火照りに沁みる。
馴染みのある手触りが心を少し軽くした。
そう、俺は騎士なんだ。
月明かりに鈍く光る剣が唯一のよすがだった。
柄を額に当て熱を鎮めようとするが、ベレオンは再び腰を振り始める。
「貴方にもう武器は似合いません……っ僕の祈りを受け入れて、聖女様……っ」
ベレオンが香袋をキリエルの鼻先に押し当てると、濃厚な甘い香りが脳を一瞬で溶かしてしまう。
続く律動に合わせて息を吸うほどに、瞳から光が消え、唇から唾液が溢れる。
(あまい、あまいにおい……)
「……あ、は、きもち、いい……っ」
舌が震え、教え込まれた言葉を紡ぐ。
肉棒を迎え入れるように腰を持ち上げ、淫らに誘う。
「聖女様……っ美しい……」
肩越しに見たベレオンは、感動に震えスミレ色の瞳から涙をこぼしていた。
打ち付ける腰のスピードが上がり、ぬかるんだ肉壺の奥まで入り込む。
「聖女様、祈って、僕のために……祈ってください……っ」
狂信の声音が耳元で響く。
聖女、祈り。
溶けた脳に染み込み、全身を支配する快楽が意識を上書きしていく。
指先が剣から離れる。
体をひねり、若き神官の首に腕を絡ませる。
「……は、いっ、祈ります……あ"っ、貴方の、ために、……ひぐっ」
甘く喘ぎながらうっとりと微笑むと、自ら唇を重ねる。
ベレオンは聖女の片脚を抱え、激しくピストンを繰り返す。
結腸を何度も犯し、震える媚肉を味わい尽くした。
「あ"っふかい……きもち、あぁ、カシアン、カシアンっ……」
キリエルの意識は再び夢の中へと消えて行く。
愛しい人の名を叫びながら身体を強張らせると、吐精のないまま絶頂した。
きつく搾り取るように動く肉壺に、ベレオンも耐えきれず2度目の精を注ぐ。
荒い呼吸が重なる。
ベレオンは虚ろな横顔に口づけを落とすと、惜しむようにペニスを引き抜く。
行かないでと甘える穴が健気で、またすぐに兆しそうになるのを抑え、懐から書状を差し出した。
「……明日の夜、公爵家の聖堂で祈祷がございます。ダリオ様からの招待状です」
熱に揺蕩う黄金の瞳が、ダリオの名前に反応する。
「どうか、聖女としてのお勤めを」
やわらかな声に導かれ、ベレオンの手を取る。
寝台に導かれ、また甘い声を上げた。
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