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愚者の祈り 1 ※

 翌晩、王宮を後にした。  月のない夜空は深い眠りについたように静寂に満ちている。  ベレオンに手を引かれて闇の中を進む。  馬車に乗るまでの間、護衛についた近衛騎士たちは冷めた眼差しでただ前を向き、ひとことも声を発さなかった。  元々キリエルを疎ましく思っていた顔ぶれが揃っているようだった。  薄暗い馬車の中で祭衣に着せ替えられ、ベレオンの心酔しきった眼差しが肌を舐める。  最後にアンクレットをつけ、足の甲へ口づけが落ちた。  「……いつまでもお傍におります、聖女様」  その声は鈴の音のように神聖に響き、泥のように足元へ絡みついた。  たどり着いた公爵家の聖堂は、外観こそ白大理石に囲まれて荘厳であったが、扉を押し開ければ空気は重く淀み、壁の金箔は剥げ落ち、祭壇には埃が積もっていた。  長く手入れがなされていないのは一目で分かる。  キリエルが公爵家で暮らしていた頃、ここで朝夕祈りを捧げた日々が、ふいに脳裏をかすめる。  家族の中で熱心に祈っていたのは、公爵夫人と自分だけだった。  他の者にとっては、女神の加護は血筋を保証するものにすぎず、祈りなど形だけで十分だった。  祭壇の前には長椅子が並び、参列者が静かに席を埋めていた。  教会幹部や公爵家と内通した貴族たちが密やかに視線を交わし合う。奥には深い外套に身を包んだ男が数人座していた。  表向きは公爵家の私的な祈祷の儀だが、実態は王権を奪うための密議の場であった。  香の煙る空間には、権力と陰謀の気配が漂っていた。  キリエルは薄衣に銀糸の刺繍が施された祭衣をまとい、祭壇の中央に立たされた。  宝石が散りばめられた飾りに星の光が灯り、燐光のように輝く。  歩みは覚束なく、瞳は霞み、全身は糸で操られる人形のようだった。  何を祈ればいいのかさえ、もはや思い出せない。  隣に立つベレオンが、折々に身振りを導き、組む手や跪く姿勢を支える。  香炉から立ち上る煙が天井の天蓋をくぐり、広間全体を薄く包んだ。  参列者たちはその光景を神聖視するかのように頭を垂れ、取り憑かれるように見つめる。  虚ろなキリエルの姿を、誰もが新たな聖女の誕生だと信じていた。  その中で、ダリオはただ一人、精緻な光を目に宿し、冷たく微笑んでいる。  「聖女様、ご足労いただき恐れ入ります」  祭壇の下から恭しく一礼した。  その仕草には、敬意と同時に“支配した”という確信が滲んでいた。  祈祷が終わると、参列者はそれぞれ低い声で密談を始める。  ベレオンが聖女の傍らに寄り添い、そのまま聖堂の外へと連れ出した。  後方からは、硬質な足音を響かせながらダリオが続く。  三つの影が長い回廊に伸び、石壁に歪んで映る。  「……王権は求心力を失った。簒奪の機は熟した」  ダリオの声は低く、確信に満ちていた。   「……こいつが旗印だ。王の首を取り、私が王位に座る」  「現王家の血筋は残さねばなりません。女神様が祝福されたのですから」  ベレオンは慌てた様子で口を挟む。  「ああ、分かっている。第二皇子はまだ10歳だ。あれを生かしておけばいい」  「それなら問題ないでしょう。……教会もまた、穢れて久しい。僕らの手で清めねばならないのです」  ベレオンの返答は柔らかく、だが狂信の熱を帯びている。  それは国家転覆の計画だった。  二人は互いに異なる目的を抱きながらも、視線は同じ一点――人形のように従うキリエルに注がれていた。  聖堂に接続した小部屋は元は使用人のための簡素な造りだったが、中央の大きな寝台だけが異様な存在感を放っている。  キリエルは無言のままそこへ座らされる。  衣の裾が乱れて床に流れ、褐色の足首に巻かれた白銀のアンクレットが星の光に晒された。  まるで足枷のように重たく地面に引っ張られる。  ダリオが机の上の香炉に火を入れると、甘く濃い煙が室内に広がった。  「これは?」  「嗅げば分かる。お前も使っていたろう」  ダリオは横目でベレオンを見やり、楽し気に口角を上げた。  「……あぁ……」  香の匂いを吸い込んだベレオンの頬が朱に染まり、理性の影が薄れていく。  やがて抑えきれぬ衝動に突き動かされ、聖女の脚へ縋りついた。  褐色の肌に頬を押し当て、震える指で撫でながら、自らの昂ぶりを慰め始める。  「解毒薬を飲んでいないのか。愚かだな」  ダリオは呆れたように笑い、しかしその光景を面白げに眺めながら椅子に腰を下ろす。  「しかし……愉快だ」  「……聖女様、僕の祈りを受け入れてください……」  ベレオンの囁きが耳に入り、キリエルの視線は霞んで揺れる。  暗示の言葉が脳に染み込み、聖女としての役割が刷り込まれていく。  覆いかぶさるベレオンに押され寝台に背を預けると、乾いた喉から甘い息が漏れた。  ブロンズ色の肌が星明りに浮かぶ。  腰布をたくし上げられ、秘所を暴かれる。  正常位で挿し込まれる熱に体がくねる。  「……あ、いい……奥まで来て……」  熱に浮かされた声が甘く響く。  キリエル自身の意思はもうどこにもなく、ただ求められたものに反応する器がそこにあった。  狭路を熱が擦るたびに乱れていく聖女。  喘ぎ声の合間に「カシアン」という名が呼ばれるが、ベレオンの耳には歪んで反響した。  「はい、ベレオンはここにおります……!もっと呼んでください、聖女様……」  幸福に満ちた笑みのまま、神官は何度も腰を振った。  ダリオはくっくっと喉を鳴らして嗤い、その姿を見つめていた。  「……可愛い弟よ、熱心な信徒がいて幸せだな?」  甘く低い声がキリエルの鼓膜を揺らす。  黄金の瞳がその声に応えるように瞬きをすると、ベレオンをそっと押しのけ、ベッドからゆっくりと立ち上がる。  ふらつきながら椅子に腰掛ける兄へ歩み寄る。  甘い香煙に濁った瞳のまま、キリエルはその脚元へと跪く。  股座に唇が触れ、歯で乱し、舌を這わせ、奉仕の所作を始める。  精悍な騎士であった男は、淫らな聖女であり、従順な犬へと変貌を遂げていた。  「信徒を慰めてやれ」  愉悦に濡れた声が命じる。  聖女は従い、神官を振り返った。  臀部を高く掲げ、誘うように腰布を割って差し出した。  揺れる腰が合図のように、ベレオンはキリエルの肉壺を再び犯し始める。  二つの熱が前後を塞ぎ、キリエルの体を激しく蹂躙する。  くぐもった声が水音にかき消され、目の前がチカチカと明滅した。  全身の回路が快感で焼き切れるのを感じる。  汗に濡れた肌は火照り粟立っていたが、体の奥の乾きが疼く。  (……もっと、満たして……)  今のキリエルにとって、肉欲を注がれ体を酷使されることが悦びだった。  二色の瞳に痴態を見下ろされ、ぬめった肉壁が収縮する。  かつてないほど大きな悦楽が迫ってきた。  「……ん”ん”!!ふ、ぅ”う”――ッ!!」  快感の雷に打たれて筋肉が痙攣する。  喉奥に嵌った兄のペニスを震える喉で締め上げ、すっかり性器となった尻穴は神官の熱く滾った精液を搾り取った。  二本の肉が引き抜かれると、まだ固い兄の逸物が額を押し返す。  「……私の祈りも受け止めてくれるな?」  皮肉めいた言葉で、ダリオはキリエルに命じる。  キリエルは蕩けた笑みで嬉しそうに頷いた。

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