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愚者の祈り 2 ※

 ダリオの膝に跨がされ、背を向ける形で腰を下ろす。  冷たい革の掌が褐色の背を這い、刻まれた古傷をなぞった。  「……思い出すよ、鞭で打ったときのお前の顔。泣きじゃくって震えていた」  囁きがうなじを震わせる。  幼き日に受けた暴力の痕跡は、兄の支配を表す烙印だった。  「……ぁ、あ……っ」  肉棒を背後から突き上げられ、思わず甘い声が漏れる。  敏感に反応する蜜壺から甘い痺れが広がった。  快楽に歪んだ吐息が、兄の嗜虐的な愉悦に拍車をかける。  「ほら、犬のように腰を振れ」  腰を少し突き出した状態で動きが止められ、高められた熱が腹の奥で強烈に疼く。  手足を椅子や床に固定すると、中をきつく締めながら肉を味わうように腰を振る。  ゴリゴリと削られるように肉壁が擦れ、背骨から甘美な痺れが走った。  蕩けたキリエルの顔に、ベレオンが頬を寄せて囁いた。  「……聖女様、なんと淫らで美しい……っ」  舌先が耳殻の溝をたどり、唇に潜り込む。  口内に押し込まれた熱い舌が、震えるキリエルの舌に絡みつき、溢れた唾液が顎を濡らす。  「ひ、あ”ぁ”……ッ」   再び襲ってきた絶頂の気配に、粘った水音と肌のぶつかる音が激しくなった。  またあの強烈な悦楽が来る。  キリエルは無意識のうちに生唾を飲んだ。  体が挿し込まれる肉に順応し、雌としての悦びにひれ伏してしまっていた。  自身のペニスはすっかり力を失い、色のない体液をときおり垂らすだけだった。  「あ”あ”っ、イく、おにい、さまぁ”……っイ”ぎます……!」  快楽の頂上に向かって無様に腰が動き、ぎくりと強張る。  肉壺が絶え間なく収縮し、兄のペニスを咥え込んで離さない。  熟れた結腸が亀頭を揉むように緩むのを感じ、ダリオは背中の傷を掌で押さえつけるようにしながら、容赦なく腰を打ち付けた。  「がっ、あ”あ”――――~~……ッ!」  力んでいた手足がびくびくと震え、腰が抜ける。  すると兄の上に圧し掛かった臀部がさらに肉棒を深く挿し、黄金の瞳は瞼の裏へ隠れてしまう。  言葉にならない悲鳴とともに、無用となった萎えたペニスからピシャッと潮が漏れた。  背中が反り、後頭部が椅子の背もたれと擦れる。背骨が軋む。  「……誰が休んでいいと言った?」  耳元で嗜虐的な囁きが響く。  心臓が冷える間もなく、ダリオの腕が首に回る。  喉仏が圧し潰され息ができないまま、下から逸物を突き上げられ、視界が白く霞む。  容赦のない律動に逃げ場のない快楽が皮膚の下を這い回る。  「なぁキリエル……お前の殿下はもう死んだよ」  その声は低く、肌を粟立たせた。  熱く茹で上がった脳が急激に冷める。  兄はなんと言った?カシアンが、死んだ?  ダリオはさらに囁きを吹き込む。  「東部の紛争は私が仕組んだ。あそこには暗殺者どもを送っている。……亡骸だけでも戻ってくるといいな?」  分からない、分かりたくない現実が突きつけられる。  目の前が真っ暗になる。喪失感が胸に大きな穴を開けた。  ギリギリのところで踏みとどまっていた何かが音を立てて崩れ落ちる。  もう何もなくなってしまった。  守りたかった世界も、人も、壊れてしまった。  首を絞められながらの性交に、キリエルの体は反射的に暴れる。  腹の中で暴れるダリオの陰茎はますます固く大きくなっていく。  空気を出し切り潰れた肺を、押し上げられた内臓がさらに小さく圧し潰す。  血液の流れる音がごーっと耳の奥で響き、心臓の鼓動がいやにゆっくりと鳴った。  死ぬかもしれない。  それは何故か甘い響きを含んだ予感だった。  窒息の苦しさが暗い快楽へ変換される寸前、熱が弾けて蜜壺を満たす。  解放された喉から息が勢いよく流れ込み激しく咳き込む。  急な酸素の供給に頭がくらくらと痛んだ。喘鳴が煩い。  いつの間にか溢れていた涙が頬を濡らしてる。  ベレオンの唇が頬を這い、頭ごと抱き込まれた。  「悲しいですか?……祈らせてください、哀れな聖女様のために」  囁かれる音が遠い。   キリエルの瞳の焦点は失われ、口元からは涎が垂れた。  もう香の匂いすら感じない。  「そして、聖女様、僕のために祈って……」  脱力した手を掴まれ、祈りの形に組まれる。  興奮に濡れた狂気の瞳が輝く。  「あぁ……ありがとうございます……!ありがとうございます……っ!」  感謝の言葉とともに、ベレオンは自身の熱を慰め始めた。  握った手には血管が浮かび、激しく上下に動く。  眼前で行われる自慰行為を、ガラス玉のような黄金の瞳に映し続ける。  やがて生暖かい精液が顔に降り注いだ。  びくびくと脈打つペニスが唇を押し開き侵入する。  唾液と精液を混ぜるように緩く腰を動かし、喉奥まで一度突き入れてからゆっくりと抜き去る。  祈りの手はそのままに、唇からは泡立った唾液がとろとろと零れている。  背後から氷のように冷たい声が落ちた。  「これからは私たちがお前を飼ってやる。きちんと使ってやるから感謝しろよ」  前後から腕が伸び、全身を弄られる。  耳元で熱く甘い祈りと冷たい囁きが反響し、甘美な痺れに紐づけられた体の奥がまた熱を溜めていく。  もはやどちらの陰茎が挿入されているのかも分からない。  揺れる視界は遠くの景色のようにぼんやりと流れる。  喘ぎ声が聞こえてくるが不明瞭だ。  紡ぐべき言葉も、呼ぶべき名も、もはやない。  ――ちがう、こんなの……  胸の奥で誰かが叫んでいる。  まるで子供のように声を張り上げている。  しかし波間に浮かんでは消えるように、すぐに聞こえなくなった。  闇の中には空っぽの人形だけが取り残されていた。

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