26 / 28
エピローグとあとがき
春の喧噪が過ぎ、王都に初夏の風が吹いた。
石畳の街路には露店が並び、子どもたちの笑い声が響く。
祭衣を洗った白布が風にひらめき、遠くの鐘楼では穏やかな音が響いていた。
あの日の混乱が嘘のように、国は穏やかだった。
反乱の首謀者ダリオや与した貴族たちは、拘束ののち王宮北塔に幽閉された。
王の命は届かぬうちに、彼は毒を飲み自ら命を絶ったという。
最後に残された言葉はただ一つ――「神は、俺を見捨てなかった」。
誰にも意味はわからなかったが、その顔には、奇妙なほど穏やかな微笑が残っていた。
公爵家は罪を認め、領地の半分を王家に返上した。
家名の存続は許されたが、再び権勢を得ることはなかった。
末妹ルミエルは、聖堂付属の修道院で静養している。
春の庭で小さな花を育てるのが日課らしい。
「兄上の祈りが、世界を変えたのですね」
面会に訪れたキリエルに、穏やかにそう微笑んで見せたという。
一方で、教会の一角にいた聖職者ベレオンは、裁きを待つ前に姿を消した。
北の辺境で「スミレ色の瞳の男が祈っていた」との噂があるが、確かめに行った者は皆、同じことを語った。
――雪明りの中で立つその姿は、まるで祈りの像のようだった、と。
季節は巡り、王は政務の多くを皇太子カシアンへと譲った。
キリエルは王宮の聖堂を再建し、女神エルトゥメリアの名を掲げた祭を復興させた。
人々は再び、神ではなく隣人のために祈るようになった。
夜明け前、誰もいない聖堂で、ふたりの姿が並ぶ。
ステンドグラスの光が、まだ藍色の空を透かして床に落ちる。
キリエルは両手を胸の前で組み、静かに目を閉じた。
「――サラが」
隣に立つカシアンが、続けるように言葉を紡ぐ。
「――幸せに生きられますように」
ふたりは微笑み合い、口づけを交わす。
床に映る影がひとつに重なった。
天上のステンドグラスが淡く光を帯び、
女神がわずかに微笑んだように瞬いた。
その日、風が城を包み、王都のすべての鐘が同時に鳴った。
まるでこの国の新たな始まりを祝福するように。
◆◆◆
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
もし少しでも心に残る場面があれば、ぜひリアクションやコメントで教えてください。
次の作品づくりの励みになります。
リクエストも大歓迎です。
「このCPのシーンもっと見たい」「途中で切り上げたエッチシーンの完全版が読みたい」など、気軽に書いてください。
できるかぎり、この世界をお届けできたらと思っています。
不定期更新になるかもしれませんので、気になる方はお気に入り登録がおすすめです。
最後に少しだけ補足を。
作中で描いた「祈り」とは、神への信仰というより、“誰かの幸福を願うこと”を意味しています。
恋や友情といった、私たちの身近な感情の根っこにあるもの。
その温かさを、本作に落とし込めたらと思いました。
読んでくれて、ありがとうございました。
また、次の物語で会えますように。
ともだちにシェアしよう!

