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第13話

 十数分後に萩山が落ち着くと、崎田は段ボールの中から衣服を取り出しベッドの上の男に差し出す。 「え、いいよ俺スーツあるし」 「それだとくつろげないだろ?サイズはちょっと大きいかもしれないけど」 「くつろぐ……?これ以上迷惑かけるのも悪いから帰ろうと思ってた」 「そうか……うーん、このまま帰らせるのもちょっと心配だから、コーヒーぐらい飲んでいけよ」  確かにこの不安定な体調で、帰路についているときにヒートがぶり返したら自分がΩだということがバレてしまう。それに彼の気遣いを無下にはできないと思った萩山が了承の返事をすると、崎田は嬉しそうな表情をした。  崎田が貸してくれた服を着ると、確かに大きいが着れないほどではない。襟元を軽く引っ張って鼻に当てると、崎田の匂いがして心が妙に落ち着いた。 「俺、準備してくるからそれまで横になってなよ。まだ身体辛いだろ」 「ごめん……ありがと」 「いいって。友達だろ、俺達」 「……うん」  友達、という言葉に心臓を鷲掴みにされた萩山は、それを悟られないよう笑顔で返す。  寝室を出ていく崎田の背中を眺めながら、寝転がったベッドに散らばった彼の服を嗅ぐと、また体の奥がじわりと熱くなるような感覚がした。  数分後、静かにドアを開けた崎田を視界の端に捉えた萩山は、ゆっくりと上体を起こす。 「まだ、身体辛いのか?」 「ん……違う、こうしてるとなんか落ち着いて」 「平気ならよかった。さ、行こうぜ」  崎田が差し出した手を握り、マットレスから床に足を下ろす。  ベッドから降りるなんて、別に一人でもできるのに。まるで恋人同士のような行動をしている自分自身への理解ができぬまま、少し前まで濃密な時を過ごしていた部屋を出ていくのだった。  崎田がもう一つのドアを開けると、そちらも段ボールがいくつか積まれているが、元々の物が少ないらしく雑然とした印象は少なかった。  リビングダイニングの台所部分をちらと見ると、コーヒーメーカーがこぽこぽと音を立てていい香りが部屋中に満ちていた。  「すぐ持ってくるから、そのまま座ってなよ」  崎田が指さした先のソファーに腰掛けると、食器の触れ合う音と飲み物が注がれる音がしたあと、二つのマグカップを持って家主が戻ってきた。 「確か砂糖二個だったよな」 「よく覚えてるな……そういうの」 「萩山だからかな」  目を細めた崎田の言葉に勘違いしそうになるのを誤魔化すように、置かれたマグカップを手にとって中の黒い液体を口に含む。  苦味の中にある確かな甘さが、今の自分の感情と妙にリンクしてしまっていると感じた萩山は、崎田に気づかれぬよう天井を見上げたのだった。

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