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第15話

 階段を降りて玄関のドアノブを手に掛けた途端、見計らったかのように母親が顔を出す。 「……なに」 「由樹。そんなもの着けたまま外に出たらご近所さんになんて言われるかわからないの?それにそんな荷物……」 「別に俺の自由じゃないの?……今日は友達の家に泊まる。もう出るから」 「ちょっと!せめて外してから外に出なさいよ!」  ヒステリックに叫ぶ母親の声を聞き流しながら、何も答えずに萩山は家を飛び出す。  崎田が待っている車に向かうまでの短い距離が、妙に長く感じられ自然と小走りになった。  助手席のドアを開け、萩山が車に乗り込んだ途端崎田の顔色が変わる。 「ひどい顔色だな……またヒートがぶり返したのか?」 「いや、違う……」 「もしかして、萩山のお母さんか?」  萩山が小さく頷くと、崎田は彼を優しく抱き寄せる。  崎田の体温と鼓動が伝わってきて、氷のように固まっていた心を溶かす。それが溶け出して涙となり、崎田の肩口を濡らした。 「あ、ごめん……汚しちゃった」 「汚くないからいいよ。じゃ、お母さんに見つかっても困るし……急いで行こうか」  ドライブにギアを入れ、発進した車の中でカラーに一度触れたあと、萩山はばくばくする心臓の当たりを手で押さえる。  それが母親に田舎の現実を突きつけられたからなのか、崎田に抱きしめられたからなのか自分ではよくわからなかった。  彼のアパートに着いた時、まだ二回しか訪れていないのに萩山は帰ってこれた、といったような気持ちになった。  しかし、崎田の家の玄関ドアをくぐった途端他人の家の香りがしたため、やっぱり人の家だよなと再認識しながら靴を脱ぐ。  いつの間にか荷物をリビングの方へ持っていってくれた崎田の気遣いと、急に泊めてくれる懐の深さに感謝しながら彼の方を眺めていると、不思議そうな視線が返ってくる。 「ご、ごめん……ありがたいなとしみじみしてたんだ」 「そうか。別に気にしてないからいいよ」 「ならよかった。そうだ、カラー返さなきゃね」  首元に手をやると、崎田が眉間にしわを寄せながら首を横に振る。 「せめて、俺の家にいる間だけはカラーをつけていてくれないか」 「え?」 「あの、ほら。万が一のこともあるし、それにβのフリしなくてもいいだろ。ここなら」 「あはは。別に万が一があっても俺は構わないかなあ」 「……冗談でも、そういうのはやめてくれよな」 「え?あ、ごめん……」  一瞬空気がぴりりとしたが、すぐにもとの穏やかな崎田に戻る。  萩山は、万が一があっても構わないと言った自分自身に驚きつつも、飲み物を準備するために台所へ向かった崎田の背中を見送るのだった。

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