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第16話

 透明なグラスに入れられたお茶を両手に持って戻ってきた崎田が、テーブルにグラスを置いてから萩山の隣へ座る。 「体調、本当に問題ないか?」 「大丈夫だよ」 「遠慮せずに言えよ。萩山、そうやって言って無理するから……」  不意に痛いところを突かれた萩山は曖昧に笑ってやり過ごすと、よく冷えた琥珀色の液体を飲み下す。  喉が一瞬ひやりとする感覚が妙に心地良く、思わず笑みがこぼれる。 「おいしい」 「よかった。って言っても買ったやつだけどな。ところで……」 「ん?」 「萩山がΩだってこと、本当に誰も知らないのか?」 「うーん……一応、上司は知ってるよ。外の人だけど」  外の人、というワードに崎田は一瞬顔をしかめたが、すぐに元の表情に戻る。 「そうか、よかった……外の人なら、何も言わないよな」 「まあ、ね。本当に理解がありすぎるぐらいで、ヒート休暇はいいのかって聞かれる度に断ってたけど、これからは取らなきゃマズいのかなあ……」  それだと他の人にバレちゃうしなあ……とぽつりとこぼした萩山の手を、崎田は強く握る。  目を丸くした萩山を真っすぐ見つつ、崎田は真剣な面持ちで口を開いた。 「萩山。ここの街がお前にとって生きづらいだけで、外に出たらΩが休暇を取りつつもちゃんと働くのって、当たり前なんだぞ」 「あは、ドラマとかで見るからなんとなくはわかるよ。でも……俺は、ここしか知らないから」  居心地が悪そうな様子で目を伏せた萩山に何か言おうと崎田は何度も口を開きかけたが、何も言えずに口をつぐむ。 ――できることなら、連れ出してやりたい。  そう思うだけなら簡単だが、実現が難しいことはお互いよく分かっている。その事実が胸に突き刺さっている崎田は、ただただ手を握り続けるしかなかった。  しばらくの間二人の間に沈黙が流れ、グラスの表面についた水滴が垂れ落ちる。  先に口を開いたのは、萩山の方だった。 「そうだ崎田。晩ごはん食べに行かないか?」 「いいけど。急にどうして?」 「宿代代わりに奢りたくて……そういうの、嫌?」 「そうだなあ……今日だけは奢ってもらおうかな」  でも次からは気を遣わなくていいぞ、と微笑む崎田を見て、萩山もつられて笑う。  じゃあ出ようか、という雰囲気になった時に当たり前のようにカラーを外した萩山を見て、崎田は彼に見えないところでなんともいえない表情をしていた。 「崎田。俺のおすすめの居酒屋に行こう」 「お、飲めるとこ探してたから助かる」  萩山が先に鉄のドアを開き、外に出ると夜特有の静かな空気が頬を撫でる。  気持ちいいと感じると同時に、どことなく息苦しさを感じたのを彼は深呼吸でごまかしたのだった。

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