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第19話
この街を出たいと思春期の頃はほんのり考えていたが、過干渉な母親と特に自分に興味がない父親がいたせいで、その気持ちも時間経過とともにしぼんで消えかけていた。
しかし、崎田にそう聞かれたからかその気持ちが未だ燻っている事に気付いた萩山は、小さく息を吐いた。
「萩山、体調悪いのか?」
「ううん。久しぶりに飲みすぎただけ」
嘘の仮面を纏って笑うと、崎田は納得した様子で視線を前に戻す。
こういうことだけ上手くなっている自分に嫌気が差しながらも、萩山は崎田の方を盗み見ていた。
今日だけで何度訪れたか分からないアパートにたどり着き、崎田がドアを開ける。
「俺、お風呂の準備してくるから萩山は奥で座って待っててな。もし辛くなったら横になっていてもいいから」
「ありがとう。待ってる」
脱衣所の引き戸を引いた崎田を見送りながら、萩山はリビングのドアを開ける。手探りでスイッチを押すと、シーリングライトの白い明かりが目に染みた。
段ボールが出たままの部屋をなんとなく見渡しながら、萩山はソファーへと腰掛ける。
そういえば、彼は転入届を出しに来たぐらいだから引っ越してきたばかりなのだろう。そんな中、自分のヒートに付き合わせてしまって申し訳ないと思った萩山は自己嫌悪で軽い頭痛がした。
リビングのドア近くにある機器から、給湯開始の音声が流れて数秒後に崎田が戻って来る。
「お待たせ……萩山?ひどい顔色だけど大丈夫か?」
「大丈夫」
「でも……」
「大丈夫だから。あ、でも水だけ貰ってもいいかな」
別に欲しくはなかったが、彼を遠ざけたくてそういった事を言うと、崎田は素直に冷蔵庫へ向かう。
この地域は井戸水が出るから水を買うという概念はほとんどないのだが、崎田がミネラルウォーターを注いでいるのを視界の端で捉えながら、彼は本当に都会にいたんだなあと再確認するのだった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、ごめんな」
「謝らなくていいって」
幼馴染との再会、初めての強いヒート、この街を出たいかどうかの気持ち。そういった雑念を透明な水とともにすべて流し込んで飲み下すと、少しだけ楽になったような気がした。
「なあ、崎田」
「ん?」
「俺にキスとかできるの」
我ながらまだ酒が回っていると感じながらも、言葉を止められなかった。ごめん、酔いすぎただけだ、気にしなくていい――その言葉を紡ごうとする前に、整った顔が近づいてきて唇を塞がれたのだった。
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